TAMATAMA日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

東京の企画展

昨日は、東京駅で開催されているいわさきちひろ展にいってきた。

 

子どもと平和をテーマに絵をかいてきたときいた。

 

なるほど、3冊の本がその象徴となっているようだ。

 

なにかの機会でよんでみたい。

 

さて、企画展、よかったです。

 

自分の解釈ですが、いわさきちひろの子ども絵は、子どもの内面的、外面的なあたたかさ、やわらかさ、するどさ、あどけなさを、とってもゆたかなに表現しているとおもった。子どもの目線にたってかかれた「トラックをみる子」、おかあさんにだかれてやさしく安心した表情をみせる子、大きな自然(海)にむかってはしりだす子、戦火で複雑な闇をかかえてしまった子、絵の中に子どものゆたかさをとじこめるのがとても上手だった。

 

そして、おどろいたのは、その絵がうまれる背景には2つの要因があったということ。

 

 

1つは、いわさきちひろが「平和と子ども」をテーマとする背景だ。

 

大正自由教育運動の影響をうけ、

女学校でもテストや成績もない中で生活をした。

 

家もモダン風で、時代をよんだ生活をしている。

 

こうした中で、社会運動を意識するようになり、

新聞記者となる。そこで戦争孤児の記事をかいていた。

 

このときに、子どもを通して社会をみつめる視線を、いわさきちひろは獲得したのだとおもう。

 

一番よわい立場に戦争の悲惨さはあらわれる。その状況を、ゆたかな感性でもって理解し、闇をかかえる子、そんな中でもあかるく元気にすごそうとする子、子どものもつゆたかさをまのあたりにした経験が、えがかれた子どもの風景とつながっているとかんじた。

 

もう1つは、芸術運動に参加していたことである。

 

いわさきちひろはいくつかの師匠をもち、また、奮闘する同期の仲間をもった。そこで腕をみがき、技をみがく。このとき、いくつかの日本で生起した芸術運動に参加している。

 

墨や線をあつかった技法、文字に従属するのではなく、絵が語るという思想。

 

いわさきちひろの絵の表現力が、社会的な芸術運動の中で、文化を追求する過程でうまれてきたことに、興味をもった。

 

それと、日本でも芸術運動ってあったんだ、と素朴な発見もあった。

 

いわさきちひろの絵を、重層的にみられるようになった。

 

時代をいきぬいた人の絵は、とてもあじわいぶかいとおもう。

 

では、平和と子どもを、どういう技法で表現しようとしたのか。

 

どこかの機会で、いわさきちひろが、どんな一生をかけてどんな表現を

追求していったのか。その質を理解してみたいとおもった。

 

 

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淡路でたべた、ハモたち。美味〜♪