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TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

愛知支部11月例会まとめ

報告「子どもの変化・変容をどのように読み取るのか?」のまとめ

 

1.報告の前提として3つの話

 

 

①近年障碍者をめぐる新たな条約や法律が制定される一方で、相模原市の事件のようにまだまだ人権意識の後進国となっているわが国においては、まず教師が人権意識(障害者権利条約第24条)をもって学校づくりをすることが大切。

 

 

②学校は本来「仲間とともに学び合い、文化を享受するところ」であるが、近年「ともに」文化を享受することが困難な状況が生まれており、そこをどう克服していくのかが問われている。

 

③障碍児教育に携わる教師の仕事は、「障害のあることでの生きづらさや苦しみを聞き取り寄り添い、子どもたちの願いや要求を育む文化を『ともに』創り出すこと」にあり「それが創り出せるかどうかが子どもの変容を生み出す鍵」ではないか。

 

2.障害者権利条約第24条が問うこと

 

 

 障害者権利条約第24条では⑴子どもたちが人間として尊重され、大切にされること、⑵それを通して自分自身の尊厳に気づき、自分や人を大切にしようとする人権意識を育てること、⑶潜在的な能力を十分に発揮できる教育内容の創造、⑷自由な社会に効果的に参加することができるようにすることが問われており、具体的には次のような実践的課題がある。

 

①1人ひとりが大切にされる:本人が思ったこと・感じたことが大事にされなければ、その子が大切にされたとは言えない。「違っていていいが当たり前」の対等・平等な関係づくりをめざす。

 

②子どもが「わかって、できる」能力を主体的に発揮できる活動や文化を保障する:子どもは今の能力を発揮することで次の発達要求が芽生えてくる。そのため本来もっている能力を発揮できるよう、子どもが「手応えと達成感」をもって「主体的」に取り組める教材づくりをめざす。

 

③「将来のために○○できないといけない」ではなく「『今の充実』」の積み上げが将来の充実につながる」:近年の就労重視の教育では子どもたちの発達要求は満たされず、将来も自分の要求がわからず自分の楽しみを見つけられない不安定な生活となってしまう。そうではなく「今の充実」が積み重なり、「楽しい経験の蓄積」や「自分の楽しみへの理解」が将来の生活の安定につながる。

 

④自由な社会に効果的に参加できるようにするには、社会的障壁を取り除くこと、周りの人の差別意識をなくすことや人権意識こそが大切になる。

 

3.特別支援学校ならではの?「3とも」の捉え方

①ともにうまくなる:①を「身体を動かすことの気持ち良さを味わう」「身体操作(自己調整)による達成感を味わう」領域として捉える。この領域を通して、自分の身体やうまくなれる自分(まんざらでもない自分)への肯定観と信頼感を育んでいく。また身体を動かすことで新しい自分との出会いの場にもなる。

 

②ともにパフォーマンスを楽しむ:自閉症の子どもは競争意識がなく「ともに楽しみ競い合う」では実態とのズレが生じてしまう。そこで「競い合う」その前の前には何がある?と考え、「ともに楽しみ、パフォーマンスし合う」(2011)・「ともにパフォーマンスを楽しむ」(今回)という表現に修正し、これならば多様な子どもたちの実態が含意される。そしてこの一部に①があり同時に「うまくならなくてもおもしろい世界がある」ことも含まれる。

 

③ともに意味を問い直す:子どもたちは自分に意味のないものは取り組まない。自分にとってたのしく、学びがいや達成感のあるものを求め、自分にとっての意味を見出した時に、主体的に能力を発揮する。その要求を汲み取るために教師は常に子どもの行動の背後に必ずある、その子の思いや感じたことや意味を「聞き取り、読み取る」=教師の「意味の問い直し」が必要となる。子どもの行動や言動に「なぜ?」と問い、仮説を立てて「どのように」を吟味して、課題を探る。ここでは教師と子どものViEWには必ず「ズレ」があるという自覚が必要となる。また教師集団で子どもの事実を交流しあわなければその子のまるごとが見えない。こうして教師(集団)の「意味の問い直し」は活動ごとに繰り返し実施されるものとなる。教師自身が教育実践を通して子ども観・障害観・発達観・教科観・集団観・学校観・教育観・社会観を問い直していくことが土台にならなければ①や②の領域の豊かさは保障されない。「ともに意味を問い直す」は出発点となる土台であるとともに、繰り返し立ち返る土台でもある。

 

4.子どもの変化・変容を見ていく視点

 

 教育実践を通して子どもにとっての意味を問い直す際、子どもの変化・変容を「どう」読み取るのかの方向が大事になる。すなわち、教師はまず「子どもの何が変化したら嬉しいのか?」と自分に問うことが必要となる。意味や価値を「どう」読み取るかは、具体的には次のような視点がある。

 

①発達的視点:「困った行動」は発達課題(わかって、できる力)に見合う活動が保障されなかったり、人間関係が満たされなかったときにでてくる。生活年齢とのギャップや興味関心を丁寧に見る。

 

 

②障害の視点:障害や障害ゆえの苦しみ・悲しさ、障害に関する自身の受け止め方などについての理解を深め、それが「わかる・できる・ともに」にどんな影響があるのかを読み取る。

 

③生活実態の視点:親の支え、生活・家庭環境、誰とどんな活動を共有できるか、困り感をどんな伝え方をするかなどを読み取る。

⑴「ともに」を探る:「教師とともに」から「仲間とともに」へと広げていく。このとき、友だちの存在への意識・葛藤・矛盾がうまれる。そこから「手応えと達成感」のある教材を媒介として「みんなとともに」の世界を味わわせる。この見通しの中で子どもの現在の「ともに」の位置を探る。場の共有・目標の共有・目的の共有・感情の交流・意味や価値の共有がどこまでできるのか。

 

⑵「活動を楽しむ」有り様を探る:コミュニケーション的有り様(要求実現に向けてのやりとり・NOのやりとり・間や切り替え・感情交流・困難の乗り越え様)・言葉や認識の深まり・主体的な身体・手指の操作の有り様-自己調整の有り様・自分からの工夫や試行錯誤の広がりなど

 

 

⑶時間的なつながりの中での変化を探る:単元ごとと授業での読み取り・長い目で子どもたちの変化を捉えること・それでも各授業やその時々の読み取りの積み重ねで見えてくる。

 

⑷授業・題材の深まりの中で変化を探る:子どもと教材理解の深まり・ねらいと意図に立ち戻って。  

 

所感:関心にそって考えたこと2つ。

 

 3ともが全発達階梯の実践を柔軟に分析している包括的なモデルであると考えるとき、特別支援学校の視点から3ともを独自に解釈してきた点が興味深い。独自の解釈の典型例であると思う。「私の○とも」の発想が大事。

 

 「ともに」の困難性があらわれている今日だからこそ、子どもをどのように読み取るのかの「どう」の方向性が何より大切で、教科観・教材観・授業観・子ども観の問い直しが不可欠。