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TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

例会のもち方

昨日の例会では昨今の社会・教育情勢、会の研究の到達点等を前半に学習会をした。

 

そして話は支部としての取り組みで「何のために」という点を本当にみんな大切だとおもっているのか?という問題提起から広がっていく。

 

というのも、支部テーマが近年変更されていないという問題があって、ず〜と同じテーマを追求していることになる。でも成果が蓄積されているわけではない。

 

本来ならば1つのテーマですすんだときにその1年でみえてきた成果が次のテーマに反映されていくはずなのにそうなっているわけではない。

 

だから、テーマにしめされた目標部分がちゃんと支部の1人ひとりのものになっているのかを問題にしなければならないとおもう。

 

そこで、

 

国民運動文化とその体制の創造とか、運動文化の民主的な継承・発展・変革・創造の主体者形成というけれど、目の前の事実からその先に何が広がっているのかを考えているのか、目標部分が自分たち1人ひとりのものになっているのか、という問いがだされる。

 

そこから、じゃあどうゆう活動をしていくか、それには①自分たちの実践をもとにテーマにそって自分なりに考察をしていく、②すぐれた実践家・研究者の学習会とそれをうけた自分たちでのシンポジウムを開催して実践に切り込む視点をえて、その上で①にはいる、ということが提案された。

 

自分としては①である、②は外部の人に視点をもらう、ということもあって、自分の考えを膨らます、内省する経験が不足するのではないか、とおもう。

 

ただし、それはシンポジウムの仕掛け方の問題であろう。

 

とはいえ、ここで勉強になったなとおもったのは次のこと。

 

(1)外から人をよぶのは、自分たちが事前学習をしたり事後学習をすることを覚悟した上でのことであるべき。

 

 外から人をよんで最近の事情をしって、はいおわり。というのがよくあるパターンである。そうではなくて、外から人をよんで指定討論者をおいたり、議論の方向をねったりと、事前学習を必然化していくことがセットであるべき。なるほど。学習する組織というときに、自分たちの自学がプロセス化される必要があるんだなぁ。

 

(2)1度の例会で完結しない。

 

 実践報告はだいたい担当の実践者が報告して、議論して、おわる。その日のうちに議論されるけれど、その後、その実践をもとに議論する時間が設定されていないから、次の例会は次の例会として開催される。そうすると実践の相互的な高まりがうすまるし(重要)、内容としてのつながり、研究の蓄積がえられない。自分はどううけとめたのかのコメントを交流する、といったことが必要なのかもしれないな。かつてはそれが常任だったけれど、みんなのものになるようにするなら、例会だな。

 

(3)各部局の役割分担=きりわけの問題

 

 研究局、編集、事務といった局がある。また支部長などの役職もある。しかし、あの人は何局だから、とか、支部長だから、と考えて研究活動上はきりわけて考えてしまう場合が多かったようにおもう。研究局としては、支部長でも何局でもその人から学ぶ、そのために学習会として報告を要求したりしていいのであろう。重鎮に要求したっていい。

 

学習する組織づくりの原則的なものを今回の例会では考えさせられた。

 

今月末に拡大会議がある。そこでじっくり議論できたらよいなぁ。

 

※いろんな灯

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