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TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

ヒットしなかった歴史の授業①バレー編

バレーボール教材

 

今日はバレーの実技で歴史学習をはさんだ。

 

最後の感想にそのことに関連して何か記述されてくるかなとおもったら、空振りとなった。

 

うーん。残念。

 

原因をつきとめねば。

 

 

流れは

 

①1対1から2対2、3対3へと発展させていったときに、次第に「本物のバレーが早くしたい」という欲求がふきだしてきた。

 

②そこで前回、「バレーボールらしさ」とは何か、「1対1はバレーのゲームではないか」と質問をなげかける。

 

③今日は前回をふまえ、「つなぐバレー」から「つながない」バレーへと発展したバレーの話をする。

 

 ・バレーボールの前身であるミントンネットのルールには1対1も想定されている

 

 ・当時は対戦相手とも「つなぐ」バレーをたのしんでいた

 

 ・ゆえに1対1だってバレーだといえるのではないか。

 

 ・それにかつてのバレーボールは人数制限がない。実際に日本では16人制から12人制、9人制と変化してきており、6人制バレーボールが頂点とする見方は歴史的にみたらまちがっているのではないか。

 

 ・ただし、歴史的にみるとレクリエーションとしてのバレーから、競技スポーツとしてのバレーへと発展している。

 

 いいかえると、相手とも「つなぐ」バレーから相手とは「つながない」バレーへと発展しているのである。

 

 おもしろさも「つなぎあうラリー」から「スパイクを含むラリー」へと変化している

 

 ・だから、バレーの本質は、ネットをはさんで、ボールを落とさないように、ラリーを連続させることにあるのではないか。

 

 ・また既存のバレーボールの多様な形態を紹介する。それは以前にこのブログでもとりあげたことがあるものだ。

 

 つまり、本物の、という表現は適切ではないのではないか、自分たちがバレーをやっていく、運営していくときには、どんなおもしろさを大事にするか、そのおもしろさをみんなが味わえるルールをどうつくっていくのか、という視点が大切になるのではないか。

 

そんな話をした。

 

今思うと、すっきりしていない。。。。

 

もっと、「あなたたちのいう『本物』のバレーの欲求はテレビなどの影響にそまったかたよった見方におちいっていないか」といったうたい文句をいいはなってもよかったのかもしれない。

 

他にも、授業では「競技化されたテレビでみる6人制のバレーボールをめざすのか」それとも「地域スポーツのように自分たちのおもしろさを追求するバレーボールをめざすのか」どっちなんだ、という問いかけ方もよかったのかもしれない。

 

感想に歴史の話がでてこなかったというのは結局、学生たちには「今目の前でおこっていること、私がプレーしていること」と歴史の話がまだつながっていなかったのである。

 

だからゲームのことしか感想にはかかれていないのだ。

 

さらにいうと1人「早く6人制に」という要望がでていた。

 

まったくとどいていなかったのだ。

 

じゃあ、どうしたらよかったのだろうか。

 

①プチ質問に歴史的な話に関連するものをいれたらよかったのだろうか。

 「今日の歴史の話をきいて何か考えたことがあればかいてください」

  とか?

 「バレーのおもしろさ」について考えたことがあれば…とか?

 

 あまりいい質問がみつからないなぁ。

 

②歴史の話しで、学生たちにひっかかるようにどう話せばよかったのか・・・・。

  教室を使ってがっつり学習させた方がよかったのだろうか。

  映像をふまえて多様なバレーボールを紹介した方がよかったのだろうか。

 

歴史の話を最後にもってきてもよかったかもしれないし、最初だけでなく最後でも強調して話をするとよかったかもしれない。

 

まだ歴史的な切り込み方が自分の中で未整理なために反省が不十分となってしまう・・・。

 

さて、残りの歴史の切り口としてぼんやりとおもったのは次のこと。

 

①「スパイク」技術がバレーをかえた話

  

②「スパイク」と「ラリー」をめぐるルール改変の歴史

 

③「真ん中にどんと打つスパイク」で相手に「ごめんね」ということは、スポーツマンシップなのか?

 

これからどうしようかなぁ。