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TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

中村さん②

昨日の続きです。


体育を牽引した中村さんの話。


中村さんはわずかだが大学の教員になっている。


①そこでの学生指導は、まず学生がやりたいとおもったことをどんどんやらせるスタイルであったよう。


たとえば、学生の読書会や他大学との学習会、新聞づくりなどを、時に先回りして依頼しながらサポートしていたようだ。


話を聞くと、やはり自分たちで組織する活動がおおい。自主サークルを意識してのことなのだろう。


精神の自由、自律を尊重していた姿勢がここにもあらわれている。


②また中村さんは大学につとめているとき、体育の存立根拠とスポーツ研究の狭間にいたわけだけれど、自身が研究したことを講義で話をしていたようだった。


原稿も一部学生に調べさせたりしていて、講義の場がアウトプットの場になっていたよう。


やはりどこかで思考トレーニングをしていたのかなとおもう。


③人によって接し方はことなっていたようだ。学生には、基本ほめながら、やりたいことをやらせていた。しかし、教員や同僚には、ちくりと逆のことを指摘したり、体育は学としてなりたつのかねぇと厳しい質問をなげかけたりする。  


たとえば、中村さんはうまくしてどうする、と問いかけた人だ。体育で初心者をうまくするだけならばそれは初心者コーチャーであって、ティーチャーにはならないのではないか、と。


そして、体育が成立する背景として文化や科学にむかうわけだけれど、そのうち社会科学として、文化としてのスポーツを考える体育理論の授業を教員の人たちがとりくんだときに、


物知りを育ててどうするの、


と釘をさしたのであった。


わかるが大事といいながら、わかるを重視したらわかるだけでいいのかと問う。紳士な天邪鬼であった。


原稿と同様の弁証法的思考を普段からもやっているようだ。


④手紙について


 中村さんはやはり組織者だともおもった。大学教員になっても県の組合の研究会に顔をだしている。また関わった人に手紙をだし、つなぐ役割をもった。


現場の背中をおし、点在する人々も大切にする。


在野の思想と出原さんが表現していたっけな。


自分としてはここも刺激的な話であった。


すでにパソコンが導入されてたとおもうけれど、手紙だったのにもわけがあるのかも。


偉人から学ぶことはおおい。


生き様に学びながら


自分流のスタイルをつくっていきたい。

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