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TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

戦術・技術指導の系統性の確立について

読書ノート 研究ノート(体育と認識)

石井さんの『今求められる学力と学びとは』をよんでみた。

 

そこでは本当にわかりやすく、かつ学問的なキレのある、生産的な指摘がたくさんならんでいて、これは良書だなぁとおもう。

 

で、本書の内容についておもったことは別にゆずるとして、

 

あーそうかとおもったことを。

 

 

新しい学力観においては教育カリキュラムを能力ベースで構想しようとする。

 

特に教科の学習を考える上でその中心になっているのが、人間の認知能力である。

 

石井さんは3つの認知の階層関係から学習の目標や課題を提示している。

 

それが、

 

①「知っている・できる(事実的知識)」レベル

②「わかる(概念的知識)」レベル

③「使える(見方・考え方ー原理、方法論ーを軸とする領域固有の知識の複合体)」レベル

 

である。

 

そして、今後は一般的に「考える力・思考力を育成する」という目標設定ではなく、どのレベルの認知を対象にして学習活動をさせていくのかを明確にしていくことが必要になるとのべている。

 

というのも、それぞれの階層には個別の特徴がある。

 

①と②は「学び合いや知識の共同構築」をめぐり社会的スキルの獲得が目標とされる一方で、③はプロジェクトベースの対話(コミュニケーション)と協働をめぐり社会的スキルの獲得が目標とされる。

 

で、戦術・技術指導の系統性はどちらかというと、これまで①②を中心とした「学習した知識の適応」が課題として位置づいており、どこまで「学習した知識の総合」を課題としてきたのか、ということがきになった。

 

もちろん、「学習した知識の総合」は集団マットやお話鉄棒などの集団演技教材や、まとめの試合の前の総合練習や教え合いの活動として構成されてきているのはすぐに理解できる。

 

しかし「わかる」を大切にした授業といっても、(実際は発達段階や学習者の実態や時期などの総合的な判断がふくまれており、一概には否定することはできないけれど、)「学習した知識の適応」に無自覚にとどまる場合もあると直感的にだがおもった。

 

教材研究するときに、「わかる中身」を解明することがよくおこなわれる。それなくしてグループ学習が成立しないからだ。じゃあ、次に考えるべきは「考える中身」を解明することなのだろうか。また「考えて、形成させたいこと(力?知識?スキル?)」も同時に吟味していく必要がある。

 

運動文化をわがものとする学習とは、運動文化に関する豊かな学習内容を発見的に習得していき、それをさらに自分たちで意識的に活用したのしんでいく学習が必要なんじゃないかなぁ。

 

「戦術・技術指導の系統性研究」も、授業論とセットでまだまだ再考、深化させていく領域がありそうである。

 

※東京ゆきのバスからとった富士山。裾野がひろいなぁ。。

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