TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

空間を演出するということは、そのきにさせるということ

なーるほどとおもったことがある。

 

今はユーチューブで連続再生機能があり、かってに音楽がうつりかわり、ながれっぱなしにすることができる。また癒しや作業に集中するために長時間(ながいものは6時間とか)のBGMを視聴することができる。

 

たまにこれらを利用してパソコンや携帯から音楽をながして作業をしているときがある。

 

それで、いつもなんだかこの音が本当に集中できるのか疑問におもっていた。どこかおちつかない感じもする。それはそのときの集中力によるのだろう。

 

なら集中できないときに音楽が流れると集中できなくなるわけで、集中できるときには何もなくても集中できるわけで、必要なのか、ないほうがいいのかなんておもったりしていた。

 

でも、自分はよくカフェにいって作業をしたり本をよんだりするが、やはり集中できる。もちろんそのお店の音楽や声質・音質によって邪魔されることもある。

 

でもたいていは集中できる。

 

だから、カフェのBGMを家でながしながら作業をすることはおそらく相乗効果がうまれるのだと感覚的におもっていた。

 

だから挑戦をしていたのだけれど、これまですっきりしなかった。

 

そして、今日きづいたこと、それは作業しているパソコンからまたは作業しているすぐ横にある携帯から音楽が流れるということが自分にとって集中力を妨げるものなのだということだ。

 

うおー、感動。

 

音が前方や下方からやってくる状況はカフェ的ではないのだろう。

 

音はたいてい上から発信元があって、前方や下方からやってくるときは反響したものだ。(といってみたものの原理をしらないです。感性的な知識です。)

 

だから、パソコンでながすんじゃなくて、携帯で、上方やちょっとはなれた後ろの方からBGMを流してみた。

 

するとすっとこれまで実感していた違和感がきえた。

 

よかったー。

 

人間の知覚って、ここまで繊細だったんだなぁ。

 

おそらく距離や音の大きさ、質や方向などが実は複雑に交差関係にあって、携帯のおく場所もよいまじりあいがしょうじる空間をもとめて調整していく必要がある。

 

演出もやっぱり当人をその気にさせないといけないのだ。

 

恋愛も自分がすきすきあいしてるあいしてるっていってもしょうがないのだ。

 

まずは相手をすきにさせなければならないのだから。

 

相手がすきになってから、自分のおもいをうけとめてくれる状況になってから、すきすきあいしてるあいしてるといわれることがたのしくなる時期にいえばいいのである。

 

最後はおもわぬ方向にすすんでしまった。

 

さて、演出をかねてコーヒーでも用意しよう。お店の人にさげられないように最後までのみほさないで、あえてのみほしていないぞってことを自分にしらせよう。

 

カフェ気分を演出によってひきだすために。

 

ここまで必要かどうかは、やってみないとわからないもんね。

 

 

 

※写真は内モンゴルの知り合いがくれたお土産のペンたて。

 普段ペンだけもちあるいて筆箱をもたないためもらったときはつかわないだろうなぁ〜と内心おもっていた。やっぱり3年程つかっていなかった。しかし筆箱をもたないがゆえにペンをよくなくし、あとでみつかるということをくりかえし、ふと家でみつけたこの入れ物にあつめてみたらペンが6、7本みつかったのでした。こうしてまとめておけると、もうなくさないから、すげーやくだつ!

 今なら心からいえます。今度あったらいいます。内モンゴルのあなたに、ありがとう!

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