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TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

11月支部例会「体育理論」

土曜日に愛知支部の11月例会が開催されました。

 

報告は体育理論(教室でする体育)における教科内容の検討ということでした。

 

若手の研究者の方です。

 

今回の報告をうけて、体育理論を考えることってめっちゃ大事だなとおもった次第です。

 

さて、内容の要旨としては、「スポーツにヒューマニズムを刻み込む」(出原)主体を育てることを体育の使命だと考えたときに、そのために必要な教科内容はいったいなんなんだろうか、という疑問に対して、持続可能な開発のための教育(ESD)やシティズンシップ教育論(英)を参考にしながら、新たな授業提案をおこなうというものであった。

 

新たな提案といっても、ラフスケッチではある。

 

かつて実践プランの提案をふくむなげかけ的な本として出版された『教室でする体育』に対してのオルタナティブな提案として、報告者の方は「未来志向」をキーワードとして「スポーツの未来を考える授業」をかかげた。

 

ようは、現代的な課題に対して、問題解決的に探求活動をしていく学習を組織するというもの。

 

たしかに『教室でする体育』は「ボールの授業」などスポーツの構造的な特徴を実践対象にあてたものがおおい。したがって、「今」のスポーツを考えるという仕掛けが不十分であり、いわゆる子どもたちにとって意味がうまれやすい活動とはならない可能性があり、「スポーツの主体者形成」をねらうという点を考慮すれば必要だとおもう。

 

※実際には勝利至上主義や試合形式の不平等、ジェンダー問題など現代的な課題(事例)をあつかったものもある。ここは勉強不足なため、誤解をうむ表現だけれど、とりあえずこう位置づけておくことにした。

 

「未来のスポーツを考える授業をつくる」、これはたしかに「これからの」(カッコつきです)体育実践の課題になるのかもしれないとおもう。

 

「文化としてのスポーツ」はそれ自体常に再定義を必要とする概念であって、体育教育実践も同様に実践教材を常につくりかえる必要がある。その決定的なポイントは「現代のスポーツ文化の動向分析」であろう。

 

「未来のスポーツを考える授業をつくる」場合は、常にそのことが問われていく、という点で評価できるものではないだろうか。もちろんそれは、過去の文化的な背景を基礎知識としない限り「未来」の建設的な発展の方向性を議論することができないのはいうまでもないが。

 

そんなことを考えたが、例会ではなるほどと思う意見がでてきた。

 

かつての「教室でする体育」はスポーツの教養としての3Rsをさがそうとしたそうだ。よみかきそろばん、生活に必要不可欠なものだ。

 

そしてもう1つの特徴として、戦後の軍隊教育の反省にたち道徳的価値をおしつけない歴史と伝統を大切にし、価値ある知識を学習した結果として必然的に文化的な行動がうまれてくると考えたところにある。

 

ある例をだしてくれた方がいる。

 

テニスの社交精神をめぐる歴史的な学習をすませた大学生がスポーツ大会を運営するとき、試合時に挨拶を導入する、と。

 

「挨拶からはじめろ」と道徳的・形式的な指導ではなく、文化的な歴史を尊重する形で主体的にヒューマニズムなるものをうめこもうとするという。

 

じゃあ、スポーツ教養の3Rsになり、かつヒューマニズムをきざみこむ価値ある文化的知識とは何か、これを追求し実践プランをたてたのが『教室でする体育』だという。

 

なるほど。

 

「民主的な行動は価値ある知識によって結果としてひきだされる」(おしつけない)

ということと、「未来のある授業づくり」がどうからんでくるのか、ここの接点をよくよく考えることがこれからの体育理論の授業づくりに不可欠な点であるとおもう。

 

また、「未来のある授業づくり」の背景となったESDなどは「問題解決学習」を基本としており、「問題」が先行する。「問い」ではない。ここも今後考えたいところである。

 

さて、そのほか、議論になって点を列記。

 

アクティブラーニングの研修をうけて。

ある方がうけたアクティブラーニングは経済成長を支持するためのトップを育成するための方法論として提案されたそうで、違和感をうけたという。

・目標:経済中心主義のグローバルエリートの育成

 でも、「グローバル」とは「国際理解」とかもとれるし、「人格形成」という柱を教育の場合はもってこの概念を使用していきたいと個人的には思う。

・対象:柱がない問題設定

・方法:一部のできる子だけ。問題解決学習(解決すべき「問題」が提示される)=国際的な学力。

 

・「嘉納治五郎記念国際スポーツ研究・交流センターHP」より、テーマがならべられている。

 

・ESDは先進国が上から発展途上国をひきあげるという上から目線がはいっているのではないか。

 ・アフリカの人にサッカーを教えるのはいいのか?

 「未来志向」とは「国際理解とは何か」(中村敏雄)。

・ESDの経済中心主義への批判と、スポーツの勝利至上主義への批判がかさならないか。 

「(持続可能な)人々を豊かにするスポーツを考える」

3Rs学習の課題として、きちっと学力をつけることが生きる力につながるといえないと、その先を議論できない。

 

赤目四十八滝のなんとか滝の写真。この日写真をたくさんとってたらiPhoneを川の中におとしたのだが、すぐにひろったからか、無事だった。水に弱いといわれているのに!ラッキーでした。

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