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TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

プロスポーツ選手が「夢」という子どもたちに私たちはどうむきあえばいいんだろうか。

日々、雑感

武井さんのツイートがネットで紹介されていた。

 

http://www.huffingtonpost.jp/2015/11/04/takei-so-sports-salary_n_8469544.html?ncid=fcbklnkjphpmg00000001

 

タイトルにあるとおり、

 

プロの経済的な実態をしらないでプロをめざすのは無計画だからだめだよ、と警告するものとなっている。

 

スポーツ選手はよく子どもの夢の対象とされる。しかしその「夢」という言葉に私たちはいろいろと隠している、自らみえなくしているものがあるようだ。ある意味「現実」に近づきがたく、かないずらいからこそ「夢」のままでいられるのかもしれない。

 

(1)「無計画さ」におちいる原因と社会的背景

おそらくほとんどの人はプロになろうなんておもってスポーツ種目を選択するわけではなく、兄弟や友達やテレビ観戦(漫画やスター選手)などの影響をうけて入部しているであろう。最初は興味関心からであり、それが体格的にも技術的にも急成長し、大きな大会に参加するようになったころからプロの夢が現実的なものとしてたちあらわれてくるのではないだろうか。だから最初から計画的、ということはまずありえない。あるとしたら保護者や周囲の大人たちのいれ知恵であろう。

 

プロになろうとする動機の多くは、スポーツで注目を自分があびるようになってきたときに、さらに欲求が芽生えることから始まるのではないか。

 

たとえば、「スター選手になって脚光をあびたい」とか「お金持ちになりたい」とか「好きなことを仕事にしたい(実際には「つらい」仕事や勉強を回避したい思いが強いとおもうが)」とかになるだろう。

 

武井さんがいう「無計画さ」はこの欲求が「プロスポーツ選手になれば一攫千金、脚光をあびる」=「プロになればいい」という一点集中型の理想に集約されることからうまれるものである。

 

こうした経済的な視点のない「無計画さ」への批判は周囲の大人や社会に原因があると考えたほうがよいだろう。

 

スポーツ選手の年棒でもっとも認知されるのはプロ野球であり、競馬業界、ゴルフなどであろう。年棒や賞金の獲得量によってスポーツ選手としての能力や評価の指標となっているからである。

 

国民的関心となっている以上、メディアもとりあげることになるから、この構図はかえられることはほぼないといっていい。

 

こうして社会的には「スポーツ選手はもうかる」から、「一攫千金をねらう」、というおもいがあふれでてくる。これは自国内の問題ではなく相撲業界でもよくお金をかせぐ手段としてのスポーツが発言からうかがえることができるように国際的にも国をこえて問題視されるものである。

 

(2)アスリートの生計の実態を理解することは大切かも

ただ、現実的な計画をしったところで、やはりスター選手として大金を獲得している人がいる以上、知っていればいいかというと効果はそれほど大きいものではないかもしれない。

 

武井さんがいうように、大事なことはプロの人は自分の能力や有名人としての象徴性をいかして新しい事業をおこし工夫をしながら生計をたてる努力をしている実態を理解することだとおもう。

 

>アスリートでいる、ということだけで何故か特別な意義のあることをしていると勘違いしていたのかもしれない。
身体を動かせばチヤホヤされて経済力がなくてもアマチュアだから仕方ないと許容されて、親にすら甘やかされていた気がする。
もしあの頃に、今と同じくらい世の中のことに目を向けて毎日勉強できていたら、もしどうすればスポーツを主体とした生活の中で収入を増やせるのかを考えて努力できていたら、もし今と同じくらい周りの人達が自分の言葉や態度で笑顔になれるのかを考えられていたら。。
きっと結果は変わっていたと思うし、陸上だってゴルフだってもっと何年も登れる限りのところまで活動できていたと思う。
 武井壮 Facebookページより 2015/04/16 16:30)

 

>「そういった事を知ってはじめたスポーツや趣味なら、経済効果が低いと知っているからこそ、解決策を学ぼうとするし、セルフブランディングを模索する。そうやって教育と連携するのが学校スポーツの役割になるべきだと思う。」

 

(3)問題の整理

なので武井さんの主張に追記して次の問題があることを確認しておく。

 

(1)「プロスポーツはもうかる」という言説をどう解釈するか。

(2)スポーツ選手の経済活動についての環境の問題(いわゆるプロスポーツ後の職業問題)

(3)「スポーツ選手を育てること」と「学校教育(体育・運動部活動)」の区別と連関。

 

※やはり、武井さんの「無計画さ」への批判は単なる自己責任論に還元されるものではないだろう。武井さんがいうように家庭やメディアも含め社会的な教育問題だする点もあるけれど、スポーツをめぐるマーケティングなど企業側、体制側の原因もありそうだ。そして気をつけなければならないのは、職業に関してはキャリア教育の一環として位置づけられるため、運動部活動に加入しかつプロスポーツをめざす子への直接的な対策が学校現場ではおこりづらいことである。それは運動部活動(教育)が人格形成を主目標とするものであるからでもある。しかし一方で実際はプロの養成をめざす学校も存在しており、人格形成のためだからと、勝利至上主義を貫徹させ、一方で卒業後の職業的なサポートは無視といった学校の無責任体制(隠れ蓑)を保護する要因になっていることも想定される。

 

※写真は赤目四十八滝のへこきまんじゅう屋。

 これがまたうまい!

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