TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

『教育と認識』(1968)をよむ①

前回「わかる」という言葉を使用するのにはわけがあったんだなぁとおもったところで、「認識」という言葉をなぜ使用するのかを説明した勝田さんの話がおもいおこされた。

 

ということであらためてよんでみました。

 

 

しかし勝田さんの文章、民間研の機関誌に投稿されたものだけあって、抽象化されたキーワードがぼんぼんとんでむずかしく、『しる・学ぶ』のときのようにひらめきや発見がぽんぽんこない。

 

なので自分なりに整理する時間も必要なのだけれど、勝田さんは視野が非常におおきくて、勇気づけられるものがおおい。

 

まずは『知識人』としての教師の責任をよんでみた。

 

書籍のタイトルとどう関連するのか、という疑問がわく内容である。おそらく、子どもにみにつけさせたい認識とは「何で」「どこまで」で、それをどう活用していってほしいのかということを同定するためには、この節でしめされたことの自覚が必要なんだということだろう。

 

ではいつものように、ポイントのぬきだし。

 

・教育の専門性が、科学に支えられるものであるかぎり、そしてまた教育の営みが、子供の成長という個性の想像への参加の仕事であり、芸術に似た技術の繊細な精神を求められるかぎり、「教育の自由(アカデミック・フリーダム)」が改めて要請されるのは当然だ。

 

・教師自身は、教育という仕事で現在の社会の支配的な体制を直接変えることはできない。しかし、教育という仕事そのものが子どもや青年のうちがわに育てた力が社会の矛盾を克服する社会的な力になるという確信を教師は自分の支えとしている。もちろん教師のどうしようもない条件というものがある。しかし、それさえも「普遍」ではない。具体的にいえば人々との協力関係の改良、子どもの生活環境の変容、社会の制度の変化がそれを変える可能性をつくりだす。そういう可能性とのかかわりを教師は自己の専門性をとおしてつかみとるものだ。

 

教育は子どもの成長にかかわるということを通して社会の未来の可能性への探求を欠くことができない。とすると、教師は、子どもに単に「科学の成果」や「文化遺産」を伝達するのではなく、その伝達によって子どもが社会の未来の可能性とともに生きながら自らその未来を開く力と感情と意志を育てる仕事を負わされている。

 

・教師の専門性というのはこのような未来への知的関心という知識人の本質に「子供の成長」という媒介項を通して参加しているということだ。

 

 

・知識人が知識人であるためには、支配体制の「下士官」であることではなく、それにつねに批判的に自らの知的独立を求める姿勢を絶対に崩さないという条件が必須なのである。

 

・知識人がともに事をするばあいに、自らには「最大限要求」を、そして他の人との協力には「最低限綱領」を、という慎重な思慮をもつこと。私たちはまず自らできることを、このことだけは果たさなければならないし、果たしてはならないということを、確かめ合うことで、知識人としての責任を負わなければならない。組織にだけ頼るものは、組織を失うことで自分を失うだろう。組織を無視することが誤りであると同じように、自分の知的探求に責めを負わないものが「教育の自由」を守る内発的な努力を生む気づかいは全くない。

 

・知識人は、国民に共通の苦難が再び襲ってくることをつねに人々よりもはやく察知する感性の鋭さで、嵐の到来を予めしるある種の鳥のようであり、しかも徒らに集まって騒ぎ立てず、静かにひとりででも自らに課した最高の要求に耐えなければならぬ人種である。

 

 おそらく、下線の部分が子どもの認識発達を考える上で重要なポイントであるからして、この節をいれたのであろう。子どもにどんな認識を獲得させどんな生をあゆんでもらいたいかをデザインする上で、きたるべき未来の姿からその具体的な方向性をえがくことが欠かせないということなのではないだろうか。

 

のちの論考では「認識」をめぐる手探りの議論が掲載されており、その中でまだ「認識」がもあたらす新しい知見や分野については十分に整理されていない。だからこそ、大きな教育論としての筋道をみうしなわないように冒頭に教師論なるものをもってきたのであろう。

 

ところで、先日大阪で体育研究組織が交流するシンポジウムに参加してきた。

 

官制研とタイアップして学習指導要領のねらいに準じた集団的な実践研究を組織している人たち、官制研の飲み会の場で有志が集合して発足し、独自の授業論を構築している人たち、だれでもできる指導方法の開発・普及をねらいに組織活動をしている人たち、体育科教育の本質をさぐり独自の教科論にねざして実践を展開している人たち、といった多様な経緯やねらいをもつ団体があつまっていた。

 

みな、子どもたちを体育好きにしようという同じ志をもった人たちである。これほど心強いことはない。

 

それぞれの段階の教師のニーズにあわせた組織活動が展開されており、おそらくどれも一定のニーズがあるから、つづけられてきているのだろうし、包括的にニーズにこたえているのだろう。そういう意味でみな尊重しあって刺激しあえる関係になっていけたらなとおもった。

 

もちろん、共有する部分と刺激しあう部分を区別したい。勝田になぞらえれば、自立した組織同士が交流する際、自分たちがやれることとやれないことの自覚をもった上で交流していくことがのぞましいというように、ここは尊重してふみこまない部分というのが団体の活動のねらいとの対応関係で特定できるはずだ。

 

今回、シンポジストの人たちが互いの報告に興味をもった部分があるとおもうので、共有か刺激かを自覚して交流していく機会があればとおもう。

 

当面、仲間づくり、授業研究体制づくりといった組織づくりについて交流できたらおもしろそうだなとおもった。もちろん内容に依拠して組織づくりがなされるので、自然と内容とのからみが交流されていくはず。

 

やはり内容については実践報告を具体的につきあわせないと刺激しあうことにはならないだろうな。

 

8月にも他団体との交流研究集会が開催されるので、ここからどんな議論がありうるのかをかんがえたい。

 

また、授業づくりの視点として共有できてよかったなとおもったのは、子どもの意志と教師の意志を対比的にとらえながら授業論を考えていくもので、子どもの欲求や考えていること、生起したこと、と教師の教えたいことや到達したい段階、生起したことのとらえかたなどには必ずズレがあるという前提で、子どもの意志や事実から出発し、それをいかに教師の意志にまで一致させていくのかとかんがえていた。「子どもの事実にねざして」授業をすすめていくスタイルは私たちも大事にしている点である。

 

ところで、勝田のように教師としての専門性といった点から体育でどうしていくのかを考えるという発想は共有されなかった。まずは授業をこなすとか、夢中になれる授業づくりとか、そういった教育方法的な部分に議論が集約していったのは偶然ではないだろう。

 

勝田の論考によるとかつて、教師は労働者か、聖職者か、専門職か、といった問題で教師論が議論されていたようだ。

 

それらを現代風のキーワードをもちいてどう議論していったらいいのだろうか。

 

授業にとじていると本当に大切なことがみえてこなくなるだろう。今回も授業の中のいきいきとした子どもの姿だけではなく、その学びのあとの子どもの姿をおもいえがくことこそ重要なんだなと感じた。

 

教育実践の自由を確保する姿勢なども、民間研の場での教師論や教科論の自由な発想にもとづく研究活動にうらうちされていることがおおい。

 

勝田の下線部がその理由だ。

 

これは各サークルの課題かなぁ。