読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

『ヒマラヤを越えて』を視聴して

偶然にも最近視聴した『世界の果ての通学路』と同様の実態を把握することができた。

 

チベットは1949年に中国共産党が政権をにぎってから、侵略戦争がおこり、虐殺・弾圧などをへて、1959年に本格的に漢化政策が展開されていくようになる。

 

チベットチベット自治区になるとともに、中国語での学習を強制する教育統制、チベッチ自治区への核および毒廃棄物の放棄、などといった暴力的な制圧がおこなわれた。

 

小学校まではチベット語で授業がおこなわれるようだけれど、中学・高校ではほとんどが中国語での授業となり、チベット語は消滅させる圧力は今もつづいているようだ。

 

ちなみに、2008年の北京オリンピックのときに大規模な反対デモがチベットの人たちによっておこなわれている。

 

人権侵害、国家的な弾圧をくりかえす中国に平和理念をもつオリンピックを開催する資格はないといううったえが基底にあったよう。

 

たとえば。

http://mid.parfe.jp/kannyo/2008/top.htm

 

五輪が手錠になっているのが象徴的ですね。

 

また、映像によると、中国政府が提示する学費がたかく、教育をうけられない人がおおくうまれている。民族消滅にむけた攻撃を中国政府からうけながら、民族の保守、教育機会を理由にヒマラヤ山脈をこえ、ネパールを経由し、インドに亡命させる家族がおり、その数は毎年400人ほどだという。

 

400人の子どもは6000mの道をのりこえられた子どもの数であり、こえられなかった数もたくさんいるだろう。貧困地域の子どもたちの服装はとても凍てつく寒さの山をこえられる服装ではない。

 

インドに亡命するのは、1959年にダライ・ラマがインドに亡命し、教育機会を保証する村をインドにつくっているからである。

 

民族をまもるために、そうするしかないのであろう。

 

でも、やはりその決断は本当に適切かどうかは詳細の実態を把握しなければできない。

 

この映像では過酷な山を命をかけて教育のためにこえていく子どもたちの姿に胸がいたむのではあるけれど、チベットの教育環境の実態、インドでの教育水準の実態、等の情報はほとんどなく不鮮明である。

 

「教育をうけないとふつうの生活をおくれない」「畑ではたらいてもこの国のためにならない」

 

映像にあらわれたこの言葉の意味をもっとしりたいが。

 

ひとまず、現代においても教育機会が保証されない、それも、政治的背景による、という実態があることはうけとめておきたい実態だとおもった。

 

社会の側の改革がそれほど重要なんだろうな。