TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

みかぐらについて、メモ

先日、大阪でSさん(元中学校教員)によるみかぐらの実技講習会が開催され、参加してきた。

 

おどってみて、とってもたのしかったし、奥がふかかったです。神楽だし、農作業の動きもはいっていてからだや民俗舞踊についての文化的学習内容ともからめて授業が構想できそうです。

 

1時間レジュメをもとに①Sさんのみかぐらの教材・実践研究史、②みかぐらの歴史、③みかぐらが子どもをひきつけること、について話をされ、その後2時間半程みかぐらを体験しました。

 

ちなみに、神楽(かぐら)とは、「日本の神道の神事において神に奉納するため奏される歌舞のこと」だそうです。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%A5%BD

 

今回はその演目の中でも南部神楽の「鳥舞」(基本の演目)の部分を指導してもらいました(たぶん)。

 

南部神楽の動画はこちら。

 

https://www.youtube.com/watch?v=3KgkWM9sw6Y

 

2分11秒ぐらいから踊りははじまります。

 

鳥舞の説明

 

http://www7b.biglobe.ne.jp/~nanbu_kagura/nanbu/enmoku/torimai.html

 

 

<レジュメをもとにした話から>

①みかぐらにはまる過程

 みかぐらをしって教材研究をすすめ、全国研究集会で報告したときにIさんが「これこそ教科内容だ」と絶賛、一方でKさんが「からだについての言葉が感想文にあらわれていない」と指摘。

 

 おもえば、詳細がわからないところはテープを紹介してみておぼえさせるといった「形をおわせる授業」をやっていたそうで、教材を用意したものの、教える内容を十分に把握していなかったと反省したそうだ。以後本格的な教材研究を開始し、1年に2回は現地で学び、また合宿に参加し、1回は講習をうけるといったことをくりかえしていった(お祭りに参加するというのが教材研究の第一歩になりそうですね)。現地の人の人柄にはまったSさん。Sさんは「現地の踊りをおかりして指導している」という。教材研究をして指導をして現地の人にその演技をみてもらう。すると必ず「ここはこうおどるんだよ」とおしえられるというのだ。大事なことを中心におしえてもらい、ある段階まで到達したら細部をおしえてくれるというので、まだまだ現地のおどりを教えたとは決していえない、だから現地の人とのやりとりは必ずおこなう、とそういう決意をもって教材研究を継続しているのである。

 

 みかぐらの奥深さを学ぼう、追求しようという探究心をもちつづけるからこそ、実践で子どもたちに学ばせたいこと、味わわせたいことが発展していくのであり、これなくして、ちょっとかじって教えるだけでは別物を教えることにしらずしらずのうちになっていくかもしれない。それもそれでちゃんと教えたい中身の発展性が用意されていればいいかもしれないが、Sさんはそれを納得しない。

 

 ひとまず、民俗舞踊の教材・実践研究は集中的にやるなら3年は見通しとしてもっておいたほうがよさそう。

 

 また話をきいていておもしろかったのは、Sさんがみかぐらにはまっていった理由(過程)が教材研究という意味づけ以上のものであったということです。みかぐらでえられる独自の身体経験をつかむためにはSさんのようにみかぐら自身にはまる必要があるのかもしれない、民俗舞踊を教材化するプロセスではそういった教材への陶酔が必要になるかもしれないなぁとおもったのです。

 

 

②歴史(うるおぼえ・・・メモなのでゆるしてください) 

 ・もともとは専門の神楽が地域をまわっていたけれど、明治の宗教政策によってまわってこなくなった。そこで、いつもみていた民衆が「あれがなくてはこまる」と真似をして自分たちの踊り=南部神楽をつくりあげた。なので南部神楽は農民神楽であり民衆のものであるから、衣装も家からもってきたものでよせあつめのものでつくられており、けっして出雲神楽のようにきらびやかなものではない。

 

出雲神楽の動画

 

https://www.youtube.com/watch?v=y5BLEEy3k44

 

あ、よかった、記憶はあっていたようです。以下のページに説明があります

http://www7b.biglobe.ne.jp/~nanbu_kagura/nanbu/kaisetsu.html

 

 

 ・また「南部神楽がおどれることは一人前の儀式であり、長男しか踊れず、後継の修行」であった。

 

 ※たしかに、ネットでは様々な地方にあった神楽と修験道との関連が紹介されていて、その中に「一人前になる」という記述がみられる。でもまちまち。

http://www.tohoku21.net/kagura/history/iwate_source.html

踊りの「優雅さ」のもとは何なのか、もうすこし調査してみる必要がありそうだ。

 

 

 ・大森御神楽の歴史

 過疎化に困っていた大森地区が隣町の大原かぐらでやられていた南部神楽をまねたのが大森みかぐら。1970年頃から大原のどうとりさん・大原神楽保存会をよんでおしえてもらったそうだ。

 

 ・現在かかえている問題:伝えていくことの問題

   現地の人は外からきた人に踊りを教える際に、相手がわかるように、うけるように指導していく。するともともとの動き方からずれていくことがおこっている。指導係を特設するなど対策が必要だとおもう。

 

 話をきいていてもしかして〜とおもったことがある。Sさんは大森御神楽を教材として実践したときよく「大人になったようです」という感想を子どもたちからうけるという。それは胴体をまっすぐにした姿勢をキープさせながら腰をつかって踊ることとか、礼をする場面があったり、凛とした動作から影響をうけて感じたもので、それは「大人になる儀式」としての身体所作を創造段階でいれこんでいったことと関連しているのではないだろうか、とおもった。

 

 

③ みかぐらについて魅力、

○教材について

 ・わらび座「みかぐら」と現地「「みかぐら」とのちがい

  リズム・民俗舞踊としての型、所作の違いのきづき

  「体操みかぐら」から「みかぐら舞」へ

 

今回まなんだこと。舞にちかづくための3つのポイントは①片足あげるときに磁石のように反対側の足の膝関節にそえるようにくっつけること、②右足を左足と交差させるときにトップジョイントを意識し重心を中心にたもったまますっと力がぬけたように下におちるところ、おちたときには左膝を曲げるようにする。③センスを動かすときはセンスの要が進行方向をむいたときにうごかすようにする。メモなので、わからないとおもいますが、すみません。

 

 ○魅力

 ・ 全身の動きの延長として扇が舞う美しさ(躍動的かつ優雅)

 ・ 相手の気配を感じ取り、囃し囃され舞う

 ・ 南部神楽は農民神楽(民衆のもの)

 ・ 人が育つ、 品格がある 思慮深い (大人になったきがする)

 ・ 大森分校の教育から始まり、卒業生による大森みかぐら保存会に発展(継承と発展)している。

 そこに生きて行くことを覚悟した人間たちの本質的なものの見方・考え方(そこに住む人、近くに住む人)がある。

 

○教材化にあたって

 ・まずは、自分がおどれるからだに

   民俗舞踊特有の身体使い(身体技法)をみにつける。

   ふんであがる特有の動き、探り足とふみ、中心軸、採り物と身体の関係、「みかぐら」独自の間を含むリズムと型

 下肢の動きに上肢が連動し扇に伝わる自然な身体操作

 ・採り物(扇、錫杖)衣装、お噺子

 ・長い時間軸でとりくむ 文化祭、体育祭、選択授業、3年間かけて

 踊りそのものを徹底的に追及していく 奥深いもの その先に見えて来るもの

 無になる自分 美しい世界へであう 明日へのエネルギーと希望

 ・「神楽」に近づくために

  伝承者(保存会)に直接習う機会、 観る、音を聴く、人にふれる、精神(魂)をかんじとる 神楽まつり、出稽古、おかりして教材化していること、謙虚であれ

 

 実技を体験して、無理に道具をうごかすのではなく、空気抵抗や重力をいかしてセンスを回転させたり、腰を中心としたふみ動作を出発点としてエネルギーが上に末端につたわるようにしてセンスを動かしたりとなめらかさ、自然体の動きがあるように感じられた。ただ、どういった踊りをもとめているのか、その目標点がちょっとつかみづらいなとおもった。いろいろな踊り方があるようだし、鶏のように、なのか、儀式として、なのか、それとも・・・。

 

<実技>

 文字では説明できず!省略。

 

 

所感

 みかぐらの歴史から学べたのでよい教材研究の時間になりました。もともと「成人の修行」として位置づいていたからこそ「成人としての身体所作(舞だけでなく礼の動作なども)」があるのだろうかなとか、だからこそ「大人になった」という感想を子どもたちはもつんだろうかなとかおもいました。じゃあ、それってどんな動きだろうかと考えていると、やっぱりみかぐらの中にはすっと動きがきまる場面がある。トップジョイントをたもちながら腰を中心に動くことや、初動負荷のようにふみの緊張とその流れで力をぬいてふわっとする感覚などは、凛としたイメージをもっておどることができた。「大人の女性になった」という感覚はみかぐらの中にひそむ身体感覚からたちあらわれてくる感覚だとおもう。なのでみかぐらの中でどういった共通の身体言語を媒介としてみかぐら独自の身体動作を学び合い、また身体感覚を味わいたのしむのか、この教材研究と授業づくりが必要だなと考えた。

 

たとえば、「大人になった」という感想がでたりしたときに「腰をすえる」とか「腰をおる」といった身体言語についての学習をしておどりにこめられた意味にせまっていくといった学習が構成できないだろうか。

 

ただし、鳥舞の由来や道具の意味については様々な諸説があって混乱した。いろんなおどりがあるみたいだし、教材研究はしっかりとする必要がある。本腰をいれてとりかからないと誤解したまま指導をすることになってしまうだろう。

 たとえば、もっている道具は命で目の届く範囲でしか動かさないしむやみにふりまわしたりはしないという話と、道具は農作業のカマを意味しているという話がみつかった。天照大御神が岩からでてきたときに町があかるくなってにわとりが踊ったことの形象という話もあるし、そうではない形象の仕方もあった。鳥舞の説明もいろいろ。

 

誤解もひろまったりしていることだろう。ちゃんと整理していく必要がありそうだ。ちなみに、南部神楽とキーワード検索したところ論文はヒットせず。神楽と岩手と検索するとちょろっと。「民俗儀礼と日常的身体経験」などちょっと関連しそうなものがありそう。いつのひかまた。

http://ci.nii.ac.jp/search?q=%E7%A5%9E%E6%A5%BD%E3%80%80%E5%B2%A9%E6%89%8B&range=0&count=20&sortorder=1&type=0

 

ひとまず、次回、7月25日に大阪の小学校教員の方が大森御神楽の講習会を開催してくれるということで、また参加しにいってみたい。

 

またみかぐらといえば、宮城のSさんの実践がある。NHKでもとりあげられていたものだ。体験後こちらの実践報告資料もまたよんでかんがえてみたい。