TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

民教連集会その1・中学校の学級集団づくりの実践から

この日曜日に愛知の学級集団づくりの実践報告をききました。

 

学年は3年生です。

 

そういえば、自分の友達も3年目で中学校3年生担任をもつことになったので、これは大変だ、ひょっとしたら何か役にたてるかもしれないとおもい、参加した分科会でした。

 

報告趣旨は次のとおり。

 

 あれた学年の中3を担当した1年間をお話しします。めざしたのは、「仲間」とおもえるあたたかいクラスづくりと、進路にむけてがんばらせること、そのために、生徒1人ひとりの味をひきだして、おたがいをみとめあえるクラスにしたい。担任である私が「飾らない自分」で生徒達と接すること、担任としてのおもいをどんどん伝えること、生徒達のおもいもつたえあうことをこころがけました。生徒達が超苦手なお勉強は、徹底的に声をかけて励ましつづけました。行事はクラスの絆が深まる絶好の機会ですが、この年体育大会も合唱コンクールも数々のドラマがうまれました。まさしく、4がつとうしょ に皆でつくった学級目標を実感するとりくみとなりました。そして、お互いに励ましあいながら受験をのりこえ、卒業していった子どもたち。この1年間を、学級通信をもとにふりかえりたいとおもいます。

 

では、簡単に報告内容を整理したいとおもいます。

 

①その学校は県内でもあれた地域にあって、中学2年生までは大変な集団(困っている集団)をなんとかなだめひっぱり学校生活をすごさせてきたのでした。

 

②そんな状態なので、Mさんはまずは友達のことをしるための活動をしようと学級の友達と関われるように「名前ビンゴゲーム」などのワークシートを利用して交流させたり、ホームルームでは今日の友達のいいところを紹介させるといった活動をおこなっていった。

 

③子どもたちに「学級集団」を意識づけるためのとりくみとして学級目標づくりや行事づくりがやはり注目されます。学級目標づくりなんてこれまでつくったことのない子どもたちでしたが、最終学年であることや中学校生活最後であることをキーワードにして説得し、自分たちがどうなりたいのか、おもいをこめて目標をあげてもらったようです。そしてそのキーワードを集約し、共通点や差異を明確にして学級通信で紹介し、みんなの意見を尊重しつつも、どれにするのかを投票できめていきました。

 

④また学級単位の修学旅行(他クラスとはまじわらない)の開催や体育大会や合唱コンクールでもいくつかの話し合いの契機がありました。

「体育大会」

 ・1500m走についてはクラスで1人でることになっていたのですが、子どもたちの選択は1500m走を不登校がちだった子どもにして、その子はどうせこないから、棄権にしてしまおうというものでした。

 ・そこで、次の日の朝のホームルームで、①1500mはどのクラスも1人のこを応援する声がとびかうのにあなたたちのクラスだけは走っている子がいない、応援する仲間がいないんだよ、それって寂しくないか?、②リレーの種目では点数がはいらないこともあるけれど、個人種目ならば参加するだけで点数がもらえるのにそれに参加しないなんていいのか、もったいなくないか?という問いをなげかけました。すると男子の1人がでるといい、参加することになりました。陸上部がつよいその学校では1500mは陸上部が集まる種目となっていました。なので、その子はスタート直後すぐにどべになりどんどん差がひらいていきました。その子の感想では「最初すぐにおいてかれたときにもう歩こうかとおもった。でもみんなの応援があったりクラスの旗をみたときにがんばろうとおもい、走りきることができた」と記述してありました。学級通信で全員の感想文をよみあわせたとき、その子の感想文は最も長文でした。そしてある子が、その子の感想がいいねとすぐに反応し、みんなも共感した。

 ・合唱コンクールではうまくいっていなかったが演奏のでだしを急遽変更することになって、それをやるかどうかと議論になった。そこでみなにやるかやらないかその理由をだしてもらい意見交流をした。最終的に教師がここはひっぱってやる方向にもっていく。他にも様々なドラマがあるけれど、ちょっとここまでにしておく。

 ・この学校行事でMさんは学級通信を頻繁にだし、そこで子どもたちが変化してきたことを丁寧にとりあげている。みんな最初はバラバラだったけれどいくつかの転機をへてかわっていったことを自覚させ、これからもかわっていくことができるんだと勇気づけていた。

 

④3学期の最後には学級ないの全員に一言いいところをかかせ、それをきりはりし、全員からのメッセージをうけとるようにした。もちろん教師も全員にメッセージをかく。子どもたちも教師に歌をうたったり、大きな花束と1人1人の写真とメッセージいりのアルバムをプレゼントしたようだ。この行為からどれだけ学級集団づくりがうまくいっていたのかがよみとれる。

 

今回、実践報告をきいて、じっくりと議論する時間がなかったのであまり深められることはできなかったが3つほど考えたことをあげておきたい(メンバー的にじっくり議論したらとってもおもしろい話し合いになりそうだなともおもった…おしい)。

 

①中学校3年生の学級集団づくりの独自性とは何か。

 

 今回の実践で注目されたのは「最後」「最終学年」ということが子どもたちをつなぐキーワードになっていたことだ。でもそれは一見たしかなキーワードにみえて、危険な臭いもする。「最後」というのは裏をかくこどもだったら「何いってるんだ、そんなの俺たちがきめたことじゃねぇし、関係ねえよ。教師がそうやって俺たちをまとめようとする言い分にすぎないんだろ」という印象ももちかねないのではないか。

 今回のあれた中学校でどうして「最後」が集団をつなぐキーワードになりえたのか、この点、ふかめてほしいなと思う。

 また3年生に「最後」というメッセージを伝達することの意味やそこに教師はどんな願いをこめていくのかをじっくりと議論しておきたい。

 

②中学校3年生の合意形成過程の独自性について

 

 中学校3年生は就職や受験をひかえる時期である。だからこそ最後ということが意味をもつのかもしれない。ここで注目したいのは、就職や受験という生活をせおって日々子どもは学校にやってくるということで、それが特別活動(行事)における合意づくりででざるをえないし、その合意をめぐっての教育的働きかけをじっくり考えておきたいと思う。

 自分たちはどんな体育行事をつくっていきたいのか、どうなりたいのか、その目標をめぐる対話をとおして、それぞれのおもいがかさなってでてくるはずだ。そこには必ず対立や矛盾、葛藤場面が生じる。どのようにそれらにおりあいをつけ、自分たちが集団として納得できる合意をつけていくことができるのだろうか。非常に身に迫った、現実的な問題であるゆえに、身構えておく必要があるのだとおもう。

 特に、1500mの感想文であきらかになったように、行事ではみんなに支えられてがんばる、みんなのためにがんばるという特徴をもち、豊かな集団的な共通の体験をもっている学級なのだから、そこまでせまることも可能ではなかったかなとおもう。

 

③学級集団の発展の節目(契機)をじっくりと分析してほしい。これは個別の子どもの変化などを報告する時間もなかったのでおしはかることができなかった。

 

今回はとっても興味深い報告だったなとおもう。また8月末に報告されるようだ。

 

学級集団づくりと学習集団づくりの関連が「学級集団づくり」の視点からどう問われていくのか、ここもみつめておきたい。