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TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

書評をかいてみました…が。

読書ノート

はじめて書評とやらをかくことをこころみた。これもまた非売品の論集に掲載するものである。

 

 書評:『体育のカリキュラム開発方法論』(創文、2015)

 

ン〜書評をかくというのは大変な作業だ!

 

というか、カリキュラム論の基礎すらしらないのに批判をするなんて、おこがましいことだ。

 

でもやってみないとわかんないもんだなぁ。

 

ということで、はじめての書評、正直「ないものねだり」で、正当な批判になっていない。ご容赦ください。

 

ところで、本書でおもしろかったこと、①とび箱の教科内容研究、②ルール学習、③ドイツの話、またべつにとりあげておきたい。特に②③についてはめちゃ勉強になった。

 

③はすごく重要な話だとおもう。

 

 

ともかく、教員の方はぜひともよんでもらいたい内容となっている。

 

 

 

1.概要

 

 本書は、体育科教育学におけるカリキュラム研究を専門としてきた著者が、博士論文(広島大学、2008)「体育科教育における実践を基盤にした教師によるカリキュラム開発の方法に関する研究」を元に執筆されたものである。本書には著者がこれまで信念としてきた実践と理論の往還の中で教科教育学を追究する研究姿勢が貫かれている。本書の目次は次の通りである。

 

序章  問題の所在と研究目的・方法

第1章 カリキュラムとしての学習指導要領の体育教授学的検討

第2章 ドイツにおけるスポーツ指導要領の開発過程

第3章 実践を基盤にした教師による体育カリキュラム開発の実現過程

第4章 教師による体育カリキュラム開発の波及効果

終章  研究のまとめと今後の研究課題

 

 序章では、教師のカリキュラム開発意識・主体性の低下やカリキュラム研究の停滞を指摘し、制度レベル—教科論レベル—学校レベルのカリキュラム開発とその相互連関という観点から、実践を基盤にした教師による体育カリキュラム開発の方法に関わる原則の解明を目的に掲げている。

 第1章では、制度レベル—学校レベルのカリキュラム開発に着目して、実践を規制する学習指導要領を教材(目標・内容)レベルと教科内容レベルにおいて分析し、その問題や課題をふまえた実践研究(カリキュラム開発)を考察している。

 第2章では、制度レベル—教科論レベル—学校レベルのカリキュラム開発をつなぐ手続き上のサイクルに着目して、国および地域レベルのカリキュラム開発のあり方やその開発への現場教師たちの関わり方を、ドイツにおけるスポーツ指導要領の開発過程から考察している。

 第3では、主に教科論レベル—学校レベルのカリキュラム開発に着目して、「体育の授業計画—単元計画—年間計画—学校体育カリキュラム—学習指導要領」というカリキュラムの階層構造の中で、国や地域レベルでつくられるカリキュラムに対峙する教師による体育カリキュラム・モデルの創出プロセス(学校体育研究同志会による体育・健康教育の教育課程試案づくり。以下『試案づくり』と略す)を考察している。

 第4章では第3章で提示した体育カリキュラム開発の波及効果として、実践を基盤とする教師によるカリキュラム開発が、学校レベルでの体育カリキュラムづくりを含む体育実践にいかなる影響を与えうるのかを考察している。

 終章では、これまでの考察から実践を基盤にした教師による体育カリキュラム開発方法をモデル化するとともに、①カリキュラム開発に向かう教師の姿勢や方針、②カリキュラムの内容編成、③カリキュラム開発の手続き、④教師によるカリキュラム開発効果とその適用という4つの原則領域から⑴カリキュラム開発方針の共有の原則、⑵学習指導要領の体育教授学的検討と実践化の原則、⑶固有の体育教授学的コンセプトに立脚した目標・内容編成の原則、⑷3つのレベルのカリキュラム評価とそのフィードバックの原則、⑸カリキュラムの正当化に向けての合意形成(相互批評・議論—情報公開—共同決定)の原則、⑹教師による体育カリキュラム開発の波及効果の原則、を導出している。

 また今後の課題として、①各学校レベルで展開される体育カリキュラム開発方法論の理論的かつ実践的な解明、②学校レベルのカリキュラム評価の検討、③体育教師が学校でカリキュラム開発をする際に必要不可欠な専門的力量(カリキュラム開発能力)やその形成プロセス、カリキュラム開発の能力形成に必要な方法・条件の解明、④学校レベルの体育カリキュラム開発において、協同的専門性に支えられるカリキュラム開発の組織論の解明をあげている。

 

2.本書のオリジナリティとその成果

 

2−1.国際的な動向を視野にいれた、学校や教師への信頼(trust-based)にもとづくカリキュラム開発方法論の解明

 本書で指摘されているようにわが国では学習指導要領にて学校や地域の実態、発達段階を考慮したカリキュラムの創意工夫が強調されつつも、学習指導要領が拘束性をもつことで、その重要性があまり認知されてこなかった。そこで本書は、実際にわが国で実施された体育カリキュラム開発を論拠としてその問題状況の深刻さを指摘するとともに、教師のカリキュラム開発意識や主体性に柱(「信頼」)をおく現実的な解決策として、実践を基盤とする教師のカリキュラム開発方法の原則を解明しようとする独自性がある。

 本書でも1970年代からOECDによって推進された学校を基盤とするカリキュラム開発(SBCD)の視座やドイツのスポーツ指導要領の開発過程についての事例がとりあげられているように、教師のカリキュラム開発を促進する動向は国際的にも注目が高まっている。フィンランドにおいてもドイツと同時期の1990年以降に学校や教師、保護者や地域への「信頼」を基本とする方針(trust-based)をとり中央からの専制的なコントールを後退させている。そして、教育の平等(格差是正)のために学習指導要領による評価の平準化を図りながらも、学校や教師の自由裁量権を保障する制度改革が急速に進行している。

 しかし本書ではこうした国際的な動向においては教科のカリキュラム実践の現実化という点で課題があると指摘する。そしてわが国における教育実践をめぐる独自の風土の中で実践を基盤とした教科カリキュラム開発を展開してきた事例を掘り起こし、その有り様や具体的で現実的な6つの方法原則を解明した点は、国際的な学術的貢献と同時に、わが国における学校や教師への信頼をベースとするカリキュラム開発方法論を推進する大きな成果となっている。

 

2−2.実践を基盤とした、制度レベル—教科論レベル—学校レベルのカリキュラム開発とその相互連関を解明する包括的アプローチ

 本書はこれまで制度レベルのイメージが付与される傾向にあった「カリキュラム」概念を、学習指導要領レベルから学校現場でつくる体育の全体計画—年間計画—単元計画の展開過程を含む多層的でダイナミックな実践的概念として把握する。そして現場教師の体育実践を基盤としたカリキュラム開発に着目することで、制度レベル—教科論レベル—学校レベルのカリキュラム開発の相互関係を浮き彫りにしながら、体育実践をめぐる包括的なカリキュラムの「開発—検証—修正」サイクル(モデル)を提示するに至っている。このアプローチにおいては、カリキュラムの全体構造を、実践やカリキュラム内外の条件によってカリキュラムと教育実践が相互に影響しあって豊かに変化していく「自己創出するシステム」とみなし、カリキュラム開発の方法を現実に活きて働くものとして解明していこうとする独自性がある。こうして現場の体育実践を中核として体育カリキュラムの開発方法をめぐる構造を包括的に把握していくアプローチは「カリキュラム開発方法論」を発展させる新たな知見を提供するものである。

 

 上記の2点より、本書は研究的性格をもつと同時に実践的性格を豊富にもちあわせており、現場教師にとって理論と実践を往還しながら主体的にカリキュラム開発をしていく具体的な見通しをもつことのできる良書となっている。同時に教師のカリキュラム開発意識・主体性を低下させる学習指導要領「体制」やそれに従属する教師の固定的なカリキュラム観への厳しい批判的見解が読み取れることは注目すべき点である。教師のもつ教科理念を、目の前の子どもの実態(発達課題・生活課題)をふまながら追求していく実践研究(カリキュラム開発)なくして子どもにとってのよりよい教育保障は望めない。本書の刊行によって教師がカリキュラムの「運営者」から「開発者」となり、「実践を基盤にした教師によるカリキュラム開発」が拡大していくことを期待したい。

 

2−3.わが国における授業研究の歴史資料として

 本書の価値について1点だけ述べておきたい。本書はわが国において戦後継続的に活動されてきた民間教育研究団体の研究活動を考察対象としており、わが国独自の教育研究風土を記録する貴重な歴史資料としての価値も含まれている。特に著者の特徴として民間教育研究団体の研究活動に関係者として関わりつつも、それをカリキュラム開発方法論として研究的視野(鳥瞰的視野)からながめ、学術的な俎上にのせたことがあげられる。したがって研究成果である6つの原則は対象とする研究組織だけにとどまらないひらかれた原則となっており、今後6つの原則にもとづいて多様な教師・学校・研究組織がカリキュラム開発を展開していくことが期待される。こうした著者の実践と理論を往還させた教科教育学への研究姿勢にも学びたいところである。

 

3.本書への批判

 

 以下では、本書がテーマとする「体育のカリキュラム開発方法論」についての学問的な議論を深めることを意図して、本書への批判を3点あげる。

 

3−1.わが国における教育課程論との関係の未考察

 本書では先行研究として戦後初期の教師による体育カリキュラム開発を丁寧に取り上げているものの、これまでわが国における教育課程論の中で蓄積されてきた研究成果や課題と本研究がどのようにつながるのかの検討が不十分となっている。この点は本書においてもカリキュラム構成法(カリキュラムをどのような観点から、いかなる方法や手順を用いて創り出していくのか)の原理に関わる課題をあげていることと通ずるだろう。本書の研究成果がカリキュラム研究の新たな方向性を示唆しつつも、既存の研究成果との関連が考慮されなければ今後の発展的で継続的な研究は望めないだろう。

 

3−2.3つのレベルのカリキュラム開発サイクルへのアプローチ方法と内容は一致しているか

3−2−1.制度レベルと教科論レベルの相互連関の未考察

 本書は次のように3つのレベルのカリキュラム開発サイクルを把握し考察の対象としている。①制度レベルのカリキュラム開発と学校レベルのカリキュラム開発のサイクル、②学校レベルのカリキュラム開発と教科論レベルのカリキュラム開発のサイクル、③3つのレベルのカリキュラム開発を繋ぐ手続き上のサイクル。上記の3つのサイクルに示されているように本書では制度レベルと教科論レベルの相互連関については③手続き上のサイクルに集約されており、両者の相互連関についての具体的な考察がなされていない。本書(第2章)においてドイツのスポーツ指導要領が「スポーツの中の教育」と「スポーツを通しての教育」を並存させ、スポーツ種目中心から教育学的視点にもとづく教科内容(領域)で構成される授業にシフトしたことで多様な教授学的コンセプトが許容されるシステムが紹介されているものの、そこからカリキュラム開発方法に関する原則が考察されているわけではない。特に制度レベルに位置づく学習指導要領においても教科理念が提示されているわけであり、教科論レベルとの相互連関(相互作用)がどう図られるのかの考察は必要不可欠となろう。そこに「実践を基盤とした」という特徴がどう相互連関に関わってくるのかも合わせて考察したい。

 関連して本書では、わが国においては固有の体育教授学的コンセプトが十分に展開されておらず、「多様な体育カリキュラム論の相互批評・批判が正当に繰り広げられる論争を展開する」ことが必要だと指摘している。しかし「相互批評・批評にもとづく正当な論争」で本当によいのであろうか、大きな団体や強固な理論を前にして他方の理論が発展をつぶされる可能性もある。「正当な論争」に耐えうる段階まで発展させていく必要もあるだろうし、「正当な論争」になるためには大きな視野(体育カリキュラム論)で体育科教育の目標を把握し、合意していくことも必要となるであろう。どのような過程で多様な体育教授学的コンセプトがたちあらわれ共存し、相互連関的に発展させられていくのかという点も丁寧に考察していきたいところである。

 

3−2−2.制度レベルと学校レベルの相互連関についての考察は十分になされているか

 本書(第1章)において「⑵学習指導要領の体育教授学的検討と実践化の原則」を導き出すプロセスでは、学校体育研究同志会で発展させられてきた運動文化論にもとづく批判的検討がベースとなっている。つまりカリキュラム開発サイクルの①制度レベルと学校レベルの相互連関への着目は実質的に制度レベル−教科論レベル−学校レベルの相互連関として語られている。そしてその中心は教師が信念とする「固有の体育教授学的コンセプトに立脚した目標・内容編成の原則」となっており、学習指導要領外の教科理念を前提とした考察に限定されてしまっているのではないか。この意味で、本書は一般教員のカリキュラム開発への感受性を高めるものとなっているかどうかは疑問がある。

 確かに著者が要求する教師の主体性とはカリキュラムの「目標—内容—方法—評価」のすべてをつくりかえることであり、それゆえに教科論レベルのカリキュラム開発にふみこむ実践主体を想定している。しかしわが国においては基本的に学習指導要領に準じた教育計画を策定していくことになっており、固有の体育教授学的コンセプトにもとづく体育教科観をもつ教師は大多数ではないだろう。また現在実施されている校内外の研修や自主的な研修の場においては制度レベルと学校レベルを往還する主体的なカリキュラム開発が展開されていることが想定される。そのため本書も課題としているようにより現実的なカリキュラム開発方法を提起するためには「楽しい体育論」にもとづく実践を基盤としたカリキュラム開発過程にも焦点をあて、その過程で教師の主体性がどう発揮されるのかを考察していく必要があるだろう。その際、固有の体育教授学的コンセプトが必要となるかどうかは、制度レベルと学校レベルのカリキュラム開発の相互連関においてどのような要因をもって教師の主体性が奪われていくのか、実現過程でどのような限界が生起するのかを解明していく必要がある。多様な体育教授学的コンセプトの共存と主体的なカリキュラム開発を混同しないよう考察を深めていかなければならない。

 

3−3.「実践を基盤とした」という視点の弱さ

 また本書の課題としても教師のカリキュラム開発能力の形成プロセスやその条件をあげているように、固有の体育教授学的コンセプトにもとづく学校レベルのカリキュラム開発へとむかうためには長期的な力量形成や条件をめぐる考察が不可欠となっている。

 たとえば、本書で検討されている教師による集団的なカリキュラム開発研究(『試案づくり』)においても①そのベースには戦後初期から発展されてきた体育教科論や、②20年にもおよぶ教育課程分科会での集団研究が存在していた。また『試案づくり』の過程においては③主に研究者やベテラン教師たちによる④集団的な相互批評—情報公開—検証サイクルが5年間にわたって展開されているのである。

 本書において『試案づくり』におけるベテラン教師たちの「実践カタログづくり」や波及効果としてのカリキュラムづくりが考察されているが、教師たちはそれ以前に幾度となく「実践記録」を執筆しそれにもとづく集団検討をおこないカリキュラムを修正・開発してきた経緯があるだろう。学習指導要領の目標—内容—方法—評価にもとづく実践研究もベースにあると考えられる。本書では波及効果として考察されている対象は開発された結果としてのカリキュラムが多くを占めており(もちろん過程的な提案ではあるが)、個々の教師の「実践を基盤とした」カリキュラムの実現過程が具体的に描写されていないこと、そのことと関わって教師のカリキュラム開発能力や主体性を促進する実践記録の意義や役割について十分な評価がえられていないことが指摘できる。『試案づくり』においても1人の教師がどう関わりどこまでどのような作業をおこない、実践を基盤とした修正を実施していったのか、こうした開発過程の考察が十分に示されていない。

 

 以上の批判をふまえると、著書で示された6つの原則は今後修正・追加されていくものとなろう。特に教師の力量形成とカリキュラム開発意識(主体性)に関するライフストーリ研究や実践から始まり実践に戻るカリキュラム開発過程の研究を通してより教師たちにとって現実的で見通しのもてるカリキュラム開発方法論の提起が期待される。

 

4.参考文献

 

 保坂裕子(2006)フィンランドにおける学校と教育の制度システムの改革——活動理論的分析.山住勝広編 HAT Technical Reports No. 2(社会変化の中の学校)、関西大学人間活動理論研究センター.

 山住勝広(2014)21世紀型学習と授業デザイン−フィンランドの小学校における教室実践を事例にして−.日本教育方法学会第50回記念大会発表資料.なお、フィンランドの制度改革の特徴をさした「trust-based」は質疑応答の中での山住の発言である.

 

5.おわりに

 意を決して書評を試行してみたものの、筆者の実力では正当な批判になっているか定かではなく、また「ないものねだり」の指摘しかできず、著者の論理構成への指摘や学術的発展に貢献する十分な批判を展開することができなかった。研鑽を積み、いつの日かこの課題に応えたい。

 

ということで、「あれもこれも」で研究の段階や作法がよみこめていない書評と指摘をうけました。ん〜なるほど。自分の今の欠点がみえてよかった。