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TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

授業づくりぷろじぇくと(メモ)

今日は愛知の授業づくりプロジェクトでした。

 

 

まずは夏大会の提案集についての検討でした。例のリボン走です。

 

 でもなんと、6月の東海ブロックで報告されるそうで、ということで、今回は実践記録の書き方について議論したことを整理しておきます。

 

①なんといってもすごいのが、実践記録のかきかたについての勉強をされて、実践記録をかいてきたこと!

 

 実践者の方は『たのしい体育・スポーツ』の実践記録の書き方についての久保論考を参考にしながら実践記録の骨子を作成していた。

 

おまけに、10年間分の陸上「記録・競争」分科会提案集資料をよんで、感想までまとめて、実践記録を執筆するイメージをつくってのことでした。

 

 で、実践者の方は、過去の実践記録をよんでそれぞれのおもいをもって実践をつくられていること、研究を蓄積しふかみのある実践を展開されていることをよみとられていた。

 

 で、「私のはうすっぺらい報告内容で…」といわれておられたが、提案集資料をよんでくるだけあって、かなりすばらしい実践記録となっている。

 

では検討内容です。

 

②実践のねらいを大事にする。

 

 実践者は「実践への願い」と「実践の見通し」を意図的に区別するために、「実践によせるねらい・願い」があって、その後「教材の価値とねらい」を執筆されていた。

 

 で、両方ともに、「実践者の願い」がしめされていて、その内容ももちろんかぶるものだった。

 

そこでおもったのは、「教材の価値とねらい」は「教材の価値」と「教材のねらい」に区別したほうがいいんじゃないか、ということだ。「教材のねらい」に「願い」として「見通し」がかかれるので、「教材の価値」は客観的な記述として整理しておきたい。たぶん実践をする前には意図していなかった「教材の価値」が記述されているような印象をうけた。それに分析がゆたかだから、独立させて記録として残しておきたいなと思った。

 

 そこで、「実践によせるねらい・願い」を「リボン走教材でのねらい・願い」として「教材でのねらい」をふくみこませることで、「教材の価値」を独立させてはどうか、という意見をだした。

 

 採用。

 

③最後の部分について、 気になったのは次の2点。

 

1。実践者のねらいにおうじた実践記録の成果が提示されていない。

 

  まだ報告タイトルがしめされていない。実践者の方は陸上分科会の資料をよんで、子どもの声がタイトルにあがっていることがおおかったから、実践記録をまとめて心に残った事をテーマにしようと考えたようだ。

 

  で、やはりここは実践者のねらい(子どもたちに走る楽しさを味わしたい、仲間と関わりあって良好な関係をきづいてほしい)にそった総括をしたい。

 

 子どもたちの様子をみて、どんな走るたのしさを味わわせることができたのか、「走る楽しさ」をどう考えるのか、といったことなど気づきもふくめて考察をふくらませてもらいたい。

 

というのも、まず実践「記録」としてまとめてもらいたいなぁという考えがある。

 

実践記録が「報告のための実践記録」という特徴をもちすぎると、もともと実践者が実践で何をねらったのかがうすれ、本来実践記録から「実践者」が省察すべきポイントがずれてしまうからである。

 

 前に大阪のNさんが、「実践記録は今の自分の力量を照らし出すもので、そこには今の自分にとって必要な成果と課題があらわれているんだ」と「報告のための実践記録」から「自分のための実践記録」をまずは重視すべきだと発言された。まずは「自分のための実践記録(実践の目標—内容—方法—評価の記録+目標に準じた省察)」をしてから、それで議論して、気づかなかったこととか、たりなかったこととか、新しい視点をもらって再分析したことを実践記録にかきくわえていく、というものだ。だから、報告する場合も、まずは「自分のための実践記録」を記述して、その後に報告したいこと、強調したい提案内容を記述していくというスタイルをとるのだろう。

 

2。とはいえ、成果をちゃんとひきだしたいので、

 

 実践者が、リボン走実践で「教材的価値」を整理されているように、リボン走の学習内容として「子どもたちが発見したコツとどうそれを観察していったのか」ということを整理してもらいたいとおもった。

 

 報告は夏大会でおこなわれるもので、やはり教材研究がベースとなり、その先に教科内容研究がたちあらわれてくることになっている。なので、自身の実践の反省とともに、教材の検討を分析的に提示してほしいのだ。

 

④アンケートの取り方について

 ・今回の実践者はまず「走ることはすきですか?」と運動会後にきいた。そして実践後に「走ることはすきですか?」とこれまたきいたところ、若干名すきにうごくとともに、とってもすきが一番おおかったのに、まぁまぁすきの数が一番おおくなった。これについて、「走るのがすき(たのしい)」と「リボン走がすき(たのしい)」は別の話ではないかという意見がでた。アンケートでは後者の問いかけかたでよかったのかもねという話になった。

 

 ・また、今回実践者のねらいが「走るたのしさ」だったのに、「すき・きらい」をきいていた。「たのしい」と「すき・きらい」は違うのではないかという意見もでた。

 

 で、ベテランのTさんは、はじめの時間で「すき・きらい」をきいて、おわりに「たのしかったか」をきく。そうすると「たのしかった」でもりあがっておわるんだという話。なるほど。

 

所感

 走ることがたのしいとかんじてもらいたいということにについて。必要なのは「走ることがすきになってもらいたい」のはもちろんだけど、まずは「走ることがきもちがよいものだ」という理解をもってもらうことが目標になるのではないか。つまり、「好きか嫌いかは、どちらかといえばすきでいてほしい。でも、きらいだけど、そのよさをわかっていること、それが条件にならないか」ということだ。スポーツが好きかどうかはおいておいて「このスポーツはここにおもしろさがあるんだ、ここにみんなが熱中しているのか」という感覚、どうかなぁ。すきかきらいかは個人が選ぶことで、もちろんすきになってほしいけれど、ということで・・・。まとまらないが、そんなことをおもった。

 

あと、実践記録の柱はまず「私の実践記録」をつくってほしいとおもう。そしてそのあとで、研究成果と課題だ。よし、今度から「○○さんの実践記録にしてほしい」といってオリジナルな、自分のための実践記録にすることを要求していきたいとおもう。

 

ほんとうに、たくさんのことを周囲の人からまなばせてもらっているなぁと実感。

 

 それにしても、すごい実践家だなぁ、とおもう。すごい実践家だからこそ、ついつい「あれやてこれやって」とならないように、負担にならないようにきをつけないといけない。

 

今回は実践記録のかきかたについて、議論しながら参考になる点がみえてよかったな。

 

 さて、今年はおもしろいことに、現在把握しただけでも、特支学級2名、低学年3名(1年1人・2年2人)、中学年1名(3年生)、高学年2名(5・6年生)、というくみあわせに。集団的な研究ができそうな気配がするな。はやめに手をうたなければならない。