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TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

自分事メモ、体育とスポーツ

読書ノート バレーボール教材

体育同志会のバレーボール教材の研究史を調査してみておもいいたるところがいくつかった。

 

自分史もみえてきたのだ。

 

 

ちょっとそのことを忘却しないうちに整理しておこう。自分のある意味原点かもしれないだろうから。

 

 

瀬畑・吉崎実践によって9人制バレーボールの固定化された後衛ポジションには運動疎外要因が集中してしまうことが問題視されるようになった。

 

その後激論がかわされ、実験的実践がおこなわれ、新たな教材研究が進展する。

 

その1つは中学校1・2年生頃の「パス・ラリーゲーム」から始める指導系統であり、サーブ機会均等・ローテーション制を導入した6人制バレーボールである(根本・吉崎)。

 

もう1つは高校生ではスパイクを含むラリーを重視して「スパイク」指導を丁寧におこなう指導系統であり、またラリーを保障するために「レシーブ」の攻撃機能(パス)と防御機能(レシーブ)を区別するための4回制バレーボールの実践である(中村)。

 

このとき重視されたのは、誰もがバレーボール本来のおもしろさを平等に味わうことができ、かつおもしろさをめぐる戦術・技術の追求過程において対等な関係で学びあえる教材をつくることにあった。

 

運動文化の疎外要因を自覚し、その克服(大衆化)をめざした教材づくりの具体的な方策である。

 

私はここにスポーツを教材化する希望をみいだしたい。

 

私は大学2・3年生の頃に社会学の授業をうけたときに在日朝鮮・韓国人や障碍者等の主に言語的弱者を対象とするマイノリティ研究者による痛烈なスポーツ批判をあびることになった(個人的にではない)。

 

そして「こんなに子どもたちに負の思考をもたらすスポーツをそのまま体育授業にもちこんでしまっては危険だ。これはただでは教師になれない。大学院にいってもっとスポーツの問題を知ろう」と考えるようになった。

 

また大学の頃、社会学で学んだトロプス論を契機にして野口体操を中心としてボディーワークの存在を知り、学校体育では非競争的かつ身体を自覚する教材こそ導入すべきだと考えるようにもなる。

 

とはいえ、体育同志会にもかかわるようになった自分は「ではスポーツで何を教えようとしているのか」「スポーツでしか教えられないことってあるのか」「何をこそスポーツで教える必要があるのか」という発想ももつようになっていた。スポーツと教育のことをしらないで全面的に批判することはできないからだ。

 

そこで体育科教育におけるスポーツ教材をもちいた実践論を学べる大学院と、競争を問題視しかつフィットネス教育などを学びながらからだについての教育を研究していける大学院の2つに合格することができた。

 

様々なまよいや諸事情もあったけれど、結局前者をえらび体育で何が教えられるのか教えるべきなのかをまずは考えてみようとした。後者はその後でいいかなと。それで今にいたる。

 

正直ここまでは整理できていた。

 

でも今回あらたにきづいたのは次のこと。

 

なぜ社会学の授業でスポーツの問題を知ったときにのめりこんだか、ということである。

 

おもいだしたことがいくつかある。

 

自分は「おなさけ」であり、「正義」までは自覚していないまでも、周囲のよわい立場の子がきになる人間であった(ときに偽善的であったろう)。

 

修学旅行のときや席決めやグループづくりなどが自由の場合、率先して最後まで残りそうな人とくんだ。ちなみに交友はひろかったのでなんでそっちいくんだといわれることもおおかった。でも交友がひろかったというのは誰とでも仲良くやれるたのしくやれるとおもっていたからで(中学入学後男子全員と握手をしにいった記憶がある・・・今かんがえるとあほだ。田舎育ちの団地住まいで、ひとなつっこい性格だったのだろう。かつては、だけど)、それが理由でクラスで1人でいるやつには定期的に話をかけにいったりもしたが、話すとその人のよさとかオリジナリティがみえておもしろいからでもあった。基本的にみんな好きだったし全員友達だとおもっていた(自分は)。

 

で、サッカーのときにはへたなやつとかきらわれているやつがだいたいキーパーにさせられる。それをみるのがたえきれず、サッカーは小はやりたがりにゆずってディフェンスで、中・高とずっとキーパーをやっていた。試合がつづけば交代制の場合もありキーパーだけをやっていたわけではないが、枠があればかならずはいるようにこころがけていたのだ。

 

そして忘れもしない。高校のときにキーパーの番ではない試合で自分がせめていき数名かわしてゴール前まですすみシュートをきめた。これまでキーパーやたまにとんできたボールをけりだすディフェンスしかほとんどやったことがない自分としては記憶にのこっている中でおそらくはじめてのシュートであった。その瞬間最高に興奮した。しかしそのキーパーは医者の息子でゲームなどのたのしみもあたえられずただただ勉強させられてきたがゆえに運動音痴にも内向的にもさせられてしまったBであった。Bは家庭背景もあってコミュニケーションがうまくとれず内向的なためにいやいやだがことわれずキーパーをやっていた一人だ。Bのつらそうなもうしわけなさそうな顔が今でも眼に浮かぶ。そのときにシュートをきめた喜びとつらさをわかっているのにへたなキーパーBにかなしいおもいをさせてしまった苦しさで気持ちがひきさかれそうになったのだ。

 

また中学のときにバレーボール部にはいりセッターをしていた。自分はあのとき「みんながスパイクをきめる」そういうこころもちでプレイをしていた。はっきりとは自覚していなかったけれど。で、試合になるとデュースなどせりあう場面が多々ある。そんなときはエースで勝負しあってそれでまけたらしょうがない、納得がいくというある種の美徳が雰囲気としてあった。そんなときにでも自分はへんなことを考えていた。むしろこういうときだからこそ、この緊張感の中でスパイクをうたせたい、勝負させたい、ここできめたら超きもちいぞ〜、おまえならやれる!と考え、エースにあげないことが多々あった。もちろんエースにあげるときもある。へたな子が大事な場面で失敗すると余計にきずつくけれど、セッターは便利なもので、へたな子が失敗しても「トスがわるかったな」「他でもないセッターがいうんだから間違いない」と失敗体験を共有していくこともできるとふんでいた。で、そのとき教員はいう。「今のはエースで勝負しろ、なんであいつにうたせたんだ、ちがうだろ!」と。教員はチームとして、スポーツにおける勝敗のつけかたとその納得の仕方をかんがえていたのであって、これは正当な意見であるとおもう。この美徳は納得のさせ方であってあやしいとはおもうが・・。でもその教員の意見には半分そうだとおもいつつもやっぱりそれでは納得できない自分もいた。

 

で、高校のときは入部した9人のうち7人がセッターだったので、スパイカーだったが、大学のサークルでセッターを経験することになった(今も年2回だけ活動する)。そのときもやはり意識するのはみんながうてることだ。サークルだから力の差はすごい。むやみにあげるわけではないが、こここそあんただとおもったときは初心者にもしっかりとあげるようにしている。そうすると、試合の後の飲み会やお疲れ会のもりあがりがいいのだ(笑)。盛り上がり方がちがう。やっぱりどこか満足感みたいなものがチームにある。お酒がすすむ。スパイクをうつ機会がみんなにあたえられなければ互いにあのスパイクはあーだ、あそこでのミスはいたいとかそういう指摘ができないのだ。俺はでてないからというひけめがちょっとでちゃうとがーがー指摘しあって最後にあーでもたのしかったねぇ〜とならないのである。

 

ということで、スポーツの問題にふれる過去の経験がやはり自分にもあったことがおもいだされた。同時にスポーツで教えらえること、教えるべきことってなんだろう。それを知らないで否定することはできない。だからまずはこれまで「文化を学び、変革する」という視点で「体育は何を教えるのか」を考えてきた民間研で学ぼうと考えられた理由もみえてきた。

 

理解はあさいけれどどこかで共鳴する部分を感じたのはこの点だったのだなぁと。

 

 

 

かつて小・中おなじの旧友に「体育はどうだった?」ときいたことがある。するとサッカー部にもはいっていたしそこまでへたではない彼がこういった、「あの時間は拷問だったよ」と。なぜならうまいやつだけがたのしい世界だし、へたなやつはうまいやつのことを支えるだけでもし失敗したらうまいやつに文句をいわれる。びくびくしながらへたなりに一生懸命努力しなければならない、教師もそれをみすごす。そんなことをいっていた。自分の知り合いには部活でいじめられて不登校になった旧友もいる。

 

 

 

またフラッグフットボールの授業をみにいったときにこんな場面があった。

 

 

うまい子は自分で走り抜け、へたな子はうまい子にパスをしてうまい子が走り抜ける。つまり、うまい子はいつもタッチダウン役で、へたな子はいつもガードかパスのサポート役だ。

 

中村さんがバレーボールの人間疎外をめぐって論争をしたとき、「授業は闘争だ」とおもったという。自分もやはりその事実を前にして、フラフト文化とのたたかいを子どもたちと挑んでいるんだなと心底おもった。

 

ここで3つのことを。

 

1つは機能分担は文化の側の特徴であり、それが分相応主義と結びつくことで人間疎外がうまれるということだ。つまり文化の側の疎外要因とそれにのっかる思想(能力観・評価観・スポーツ観)が問題だということだ。フラフトの機能分担があってもみんながタッチダウンを保障するルールでやれば問題とならない。それが機能分担でおまえは能力がたかいからあそこ、おまえは低いからあそこだけをやればいいという考え方によって「要求とのミスマッチ=つまらない」「虐げられる」状況がうまれるのである。なので、文化の側の疎外要因とそれにのっかる思想の2つと私たちはたたかわなければならないということだ。中村さんが「簡単には彼らの思想を突き崩すことはできない」といいながらも「彼らを支える思想を突き崩すことなしには6人制バレーボールにとりくめない」といったことがまさにそれだ。つまり、運動文化の教授学的改変だけではなくその指導方法もセットで考えていかないと私たちはこの運動疎外を克服することができないということなのだ。

 

もう1つは誰もがその教材(運動文化)のおもしろさを味わうためには、疎外要因とのたたかいが自覚されなければならなくなる、ということである。

 その具体的な姿として最近きづいたことは、フラフトでは、誰もがフラフトのおもしろさ(タッチダウン)を平等に味わうことができ、かつおもしろさをめぐる戦術・技術の追求過程において対等な関係で学びあえる教材をつくるためには点とり役の機会均等が保障されなければならない。機会均等によって戦術・技術をめぐる攻防のおもしろさを追求するという実質的平等を保障したい。またフラフトのおもしろさ(タッチダウン)に文化的特徴がからんだとき、ダウン制をはぶくことはできない。フラフトの文化的なおもしろさとは、前のプレーが次のプレーとつながり1つ1つのプレイが全体として連結・総合することで、陣取りゲーム=フロンティア精神を演出するダウン制が必要となる。しかしダウン制はできない子がタッチダウンするための解決策のためのルールにもなりうる。あのラインまで進めたから君もたのしかっただろうと納得させられてしまう。ダウン制はみんなでタッチダウンをめざすという機能分担の特徴を強化するものではあるけれど、それがみんながタッチダウンをめざすことを保障することにはならないのだ。ここにも疎外要因とのたたかいが自覚されなければならないのだ。

 

発達段階を考慮しながら、運動文化の疎外要因を自覚し、その克服(大衆化)をめざした教材づくりの具体的な方策を現場の人たちと考えていきたい。

 

しかしこの「発達段階」というのが重要だ。

 

先日見学した授業でこんな場面にもであった。

 

女の子がすわりこんで泣いている。

 

どうしたの?ときくと、

 

泣きながら「タッチダウン・・・」「みんながいっぱいださせてくれてがんばってくれるのに」となんとかこたえてくれた。

 

女の子をタッチダウンさせたいとみんなが最後のボール保持者にさせてくれてがんばって何度か挑戦しても失敗つづきとなってしまったのだろう。

 

つまり、みんながタッチダウンできるための戦術・技術指導やコートやボールや授業時間などの環境整備が「発達段階」をふまえて考慮されなければならないということだ。「みんながわかり、できる」ためには発達段階にふさわしい水準に教材を加工しなければならないのだ。これはかなりの緊張感である。やはり、中村さんのいう「授業は闘争」という言葉がみにしみてくる。機会均等を保障してもそれが達成されるための教材づくりがなされなければ上記のような問題も発生してしまうからだ。心しておかなくてはならない。

 

3つめに、すなわち、体育はエリートスポーツとは指導の力点が全くちがうということを自覚しておきたい。体育は学校教育の一環なのだ。近代スポーツを教材化するけれどめざす方向性はエリートスポーツではないという場合、スポーツにおける人間疎外の自覚と克服がベースとなっているのだ。だからといってエリートスポーツの否定につながらないということも理解しておきたい。みんなでタッチダウンの追求を徹底する機能主義的思想も1つのあり方だからだ。それが発達途上の子どもたちへの「体育」という教科における教育的価値をもちあわせているとはおもえないという価値判断がここにある。

 

とはいっても、「みんながタッチダウン」を追求することの教育的意義がどこにあるのかをちゃんと吟味しておきたい。まだ感覚的だから。またいずれ。

 

まだおもいつきの域をでないけれど、体育の授業づくりの目標が1つなんとなくみえてきたかなぁ・・・。バレーボールの教材研究史に学んだことが最近の経験とつながって、また自分のこともこれからのこともみえてきたのでよかったなとおもう。