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TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

長谷川論考をよむー試合それ自体の戦略や戦術にかんする内容の獲得とそれを自分達で整理したり変革したり開発したりしていく能力の育成ー

研究ノート(体育と認識)

さて、今日は長谷川さんの球技における戦略・戦術問題にかんする論考をよんでみたい。

 

 

①「スポーツの戦略・戦術問題とは何か-体育科教育におけるスポーツ戦略・戦術の指導(1)」体育科教育、1990、9

②「戦略・戦術指導の内容と展開-体育科教育におけるスポーツ戦略・戦術の指導(2)」体育科教育、1990、10

 

 

 長谷川さんは「『技術学的認識』に裏打ちされた豊かな『スポーツの感動』を土台とした『スポーツ主体』の形成」②を課題とする。つまり、「スポーツの戦略や戦術は自分たちの支配下に置くことができる」①ものであり、「民主的で科学的なスポーツ集団のもとでの戦略・戦術のあり方を教えることがスポーツの感動を主体者形成へむすびつけていく上での大きな課題である」①とかんがえるのである。

 

 

 

長谷川さんは「技術学的認識の貧困」として大学生むけの調査結果をあげている①。

 

鍵括弧内が質問項目で、丸括弧内が誤回答者率(全体324名)である。

 

その一部を紹介すると、以下のよう。

 

①「うまくなる(技能習熟の)ためには、まず理屈より『反復』である。パフォーマンスレベルは反復回数と正の相関がある」(75.3%)、

 

②「スポーツ動作の制御の特性は、『非言語的制御』であるので、言葉や概念による理解はスムーズな動作の妨害になっても習得を速めることはない」(16.4%)、

 

③「スポーツでは、多くの場合、ゆっくり考えている時間的余裕がほとんどない反射的な動作が要求される。従って、思考活動を必要としない動作パターンの練習が主なトレーニング内容となる」(25.9%)、

 

④「興奮水準」(気合の入っている場合)と『パフォーマンスレベル』(できばえ)は、基本的には比例する」(32.7%)、

 

⑤スポーツ心理学の教えるところによれば、スポーツにおける戦術や戦略などの高度な判断は、監督やコーチの領域なので統率を乱さないためには選手はあまり関与しないほうがよい」(11.1%)。

 

 

 この調査ではたしかに試合(ゲーム)を想定した運動学習における目的的な認識活動にたいする理解が希薄であることがよみとれる。特に練習過程における反復的練習過程は経験的知識を背景としてたかい誤解答率がえられているとかんがえられる。

 

 

 こうした状況で長谷川さんが危惧しているのが、「チームメイトへのイラだちと疎外感」の生成である。

 

 ボールゲームでは一部の者だけでは試合における勝利を獲得することは困難であり、「攻撃や守備にかんする『感性的認識』は、失点や失権やボール奪取や不利な状況の発生や敗北等がもたらすマイナス感情の先取りと結び付き、ゲームのさまざまな局面で焦りやイラだちの感情を引き起こす」①のだ。

 

 こうしてへたなものへの感情的な怒鳴り「しっかりせえや!」と、どうすればよいかわからずとりあえず指示どおりのプレイを受動的に展開しようと努力する疎外状況がうまれるのである。

 

 長谷川さんは、こうした運動文化(スポーツ)の疎外状況を回避し、「スポーツという文化を支配する力を獲得していくためには試合それ自体の戦略や戦術にかんする内容の獲得とそれを自分達で整理したり変革したり開発したりしていく能力が不可欠である」②とのべる。

 

 

 

 

 

そして2つの論考をとおして、①「競争」や「勝ち負け」そのものを明確な学習内容とすることを提案し、戦略・戦術についての内容(技術的認識)から、試合展開にたいする見方を提示するとともに、②上述の能力を形成するための具体的な実践例を、球技系教材だけではなく陸上運動や剣道にまでひろげて紹介している。

 

 

①についてのメモ

 

①スポーツにおける練習は常に動機や目的との照合が行われなければならない。この動機や目的は本来他ならぬ試合の成果であり、試合で一定の成果を出すために練習は存在するのである(試合と練習の統一)。

 

②試合の成果を客観的に規定する要因としては、「試合全体がわかる」(メンバー構成・出場順序・配置・試合展開等)ことが必要となり、そのためにも「試合を成立させている個々のプレイについてもわかる」ことが要求される。

 

③また試合における能力主義・能率主義・分相応主義から「能力」の名において知らない間に抑圧される状況を克服していくためには、「競争性」や「勝ち負け」にかかわる戦略・戦術をめぐる学習内容をあきらかにしていく必要がある。

 

戦略:スポーツ活動全体についての長期的見とおしをもった全体計画であり、個々の試合の戦術やトレーニングやチーム作りといったことまでもふくむ広い概念。

 

戦術:ひとつの試合の中における個人や集団のプレイのし方や方策の全体をさしている。

 

 → 一定の「コンセプト」(構想・計画)のもとで練習計画や、チームづくりやきたるべき試合の戦術の策定をおこなっていくという比較的長期の計画立案を指導することがもとめられる。共通の目的実現にむけてともに「わかり合う」ことを大切にする集団づくりをめざす。

 

⑤このように、スポーツの戦略・戦術の指導は「攻め方や守り方の工夫」を「させる」だけではなく、原理的で法則的な認識の獲得をねらいとする。

 

⑥長谷川さんが論考であげている戦略・戦術についての原理的で法則的な認識とは次のことが該当するとおもわれる(ちがうかも)。

 

・作戦についての理解

  戦略・戦術なくして「作戦」なし。「作戦」とは、具体的な競争場面において「『戦術』を『戦略』に結び付けるもの」であり、単なるプレーの約束ごとではない。

 

・戦術的思考についての理解

  戦術的思考はある意味で「目的を達成するために本来の目標実現行為(シュートなど)を一時断念し二次的な目標の到達をめざすこととなる。戦術的思考は「迂回思考」の能力である。

 

 戦術は相手をだまして自チームを有利にすることであり、「合法的詐欺」である。戦術的原則の指導とは「プレーにおいて情報を操作する原則の合法的探求」(敵に探りをいれて特徴をつかむ、こちらの情報をかくしたり見せかけをする(カムフラージュ)、こちらの戦術が機能するための条件をつくりだす)にもとづかなければならない。 

 

・試合においては3つの局面が存在する。

 ①試合状況の知覚と分析

 ・状況変化をよみとり「何がおきたのか・おきているのか・おこるのか」を把握する情報収集の局面。収集した情報から次の行動の選択肢の仮説をつくるためには「試合の場面ごとの典型とそれを識別するための目印(メルクマール)」についての知識が必要となる。

 

 ②戦術課題の思考による解決

 ・準備された「もし・・・なら〜する」という選択肢をもとに行動決定をする局面。

 

 ③戦術課題の運動による解決

 ・決定された運動がプログラムにしたがって遂行される局面。自身の運動技能にたいする知識や理解の質は戦術的決定の質を左右する。

 

 ・どの状況ではどんなプレイが可能で有効か、どんなプレイは無効で不可能かということが学習され記憶されなければならない。

 ・運動技能の制御そのものが自動化してあまり意識をむけなくてもよいようになることによって戦術的決定や状況の分析によりおおくの意識や注意をむけることができるようになる。

 

※長谷川さんのこの部分では「課題」把握にかんする記述がない。実態と方法のみが局面化されている。 

 

 

④攻撃・守備の目的と機能の二面性

 攻撃の目的(シュート)を達成するためにはボール保持(守備)が必要となる。

 守備の目的(ゴールをまもる)を達成するためにはボールにたいしては攻撃をする必要となる。

 たとえば、シュートをする場面でパスがでたり、ゴールをあけてフリーの敵をマークするなどの珍プレイはこの二面性に背景がある。

 

<課題>

⑤「迂回」(戦術)の根拠と意味を授業の条件と学習者の発達段階に即してあきらかにする。

 

⑥プレイの選択肢をふやすために、それぞれの攻防の位相ごとのメルクマールや選択肢を明確にした練習や、位相の変換過程におうじた練習が時間的プレッシャー下での戦術的行為習得の鍵となる。

 

 合法的詐欺の追求(探り、情報隠し、みせかけ等)をみんなでたのしむための内容の整理とその習得ということをもっと強調していく必要がある。

<戦略・戦術の視点>

①敵とプレイとの現実的な競争をともなう対応関係においてのみ「作戦」の策定は意味をもつ 

②個人の技術的課題の練習はその個人にとって特別の意味や意義がある。

③戦略・戦術は視点をかえれば幾通りもの可能性をもっている(集団での検討が必要)

 

 

 戦術的理解をふかめる運動学習に「戦術そのものの原則や法則」を学習内容とする長谷川さんの意図がよみとれる。たとえば、球技系の運動種目を自主的に運営する場合には目標(試合やパフォーマンス)の設定が必要になること、そして、戦術的行動を3つの局面において把握し、必要な練習を組織することなど、「運動種目の攻防の構造についての理解と戦術・運動学習の原則についての理解にもとづく練習の自主的な組織」、そして「試合や球技のたのしみ方をめぐる組織的運営方針の決定」といった学習内容が想定される。

 

長谷川さんの論考は戦略・戦術の理解と、それらをどうゲームの中でいかしゲームをたのしむのか、という2面が交差しているので、ちょっとそのあたりの区別がむずかしい。

 

学習内容を領域ごとに区別してその内容をしめしていく方がよさそうだ。

 

運動文化の組織領域と技術領域の段階的な接続が視野にはいってくるおもしろい論考だとおもう。また当時としては戦略・戦術の意義と内容をむすびつけて詳細に論じた画期的なものであったのだろうなとおもう。

 

さて、最後に長谷川さんは授業実践を紹介している。

 

教材は陸上・剣道などである。ここは省略・・・。

 

また授業プランだけ1つ紹介すると、

 

3〜5時間かけて試合(リーグ戦・1つのチームと2回あたる)

 ・自チームの実力をしり、リーグ戦全体と個々の試合ごとの具体的目標を決定。

 ・大量得点型かひきわけ型かと戦略を策定し試合で追求する。

 

5〜8時間ぐらいの練習

「攻撃と守備の機能の二面性」のどの機能に重点をおくのかに焦点づけられたプレイヤーの配置と機能にかんする実際的学習を組織する。ボール支配重視か攻撃重視かなど。

 

本番のリーグ戦の実施。最後に各チームの戦略・戦術と試合の結果を交流しまとめる。

 

 これは生活体育なみの実践である。ただ、教師がどこまで戦略・戦術にかんする知識を教授するのだろうか。ある意味で、戦略・戦術の原則・法則についてのソースボリューム(学習資料)が必要になるのだろうか。高校段階や大学段階ではこうした実践をねらってもいいかもしれない。子どもたちの自主運営による学習の組織は、生活体育時代からの課題をかかえている。教師の指導の中身が不明確であり、技術性と組織性をめぐる到達点をどこにしぼり、どこまで指導するのかが曖昧なのだ。自主的な運営を目指すときの実践プランをどうつくるのかは実践論として問われている。またそれが具体的にはどう運動生活にはねかえるのかも問われている。

 

さらに、長谷川さんの紹介は技術性にかかわる豊富な視点を提供してくれている一方で、運動文化の構造を理解させる学習が不足している。ここでは戦略・戦術という技術性に限定されている点を、どうのりこえるのかもかんがえていく必要がありそうだ。

 

最後に、長谷川さんの問題意識

 

 「技術学的認識」の未形成やスポーツ「主体」の未成熟は、授業においてスポーツの「競争(勝ち負け)や「競技性」に真正面から取り組み、「戦略」や「戦術」を直接的な指導内容としていくことなしには克服できないのではないかという仮説をのべてきた。この仮説の実証は、①スポーツの戦略・戦術「内容」の「原理的・法則的」研究、②「戦略的・戦術的能力」の解明とその「形成」・「発達」法則の解明、③これらを基盤とした「実践」研究の蓄積にまたなければならない。