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TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

愛知支部4月例会にむけて―ソースボリューム時代のバレーボール実践④―

さて、本日は4月例会編前回にひきつづき、吉崎さんのバレーボールの指導法をみてみたいとおもう。

 

あらためて、文献は『中学校体育指導細案』(1962)です。

  

 

吉崎さんは体育を次のようにとらえている。

 

 運動文化としてのバレー・ボールのルールや技術を獲得することである。そしてその獲得はその競技の本質を追求する中で行われ、その本質を質的に発展させていこうとするプロセスにおいて人間形成が行われる。

 

ここでいう本質とは高度な技術をもったプレイヤーあるいはゲームを鑑賞する人ではなく、初心者プレイヤーとして「ボールをはじくということがどの子どものにも与えられるようなバレー・ボールにする」ことをさしている。

 

そして具体的には①どの子どもも平等にボールに触れ、②いろいろな技術を覚える機会が与えられ、③自分たちに応じたルールをつくり、質的に発展させる、この3点が目標となる。

 

中学校3年間のみとおしとして吉崎さんは指導の重点を次のようにかんがえている。

 

1年生

 ・グループ学習の内容・方法を理解させる。

   1年にあったルールをつくらせる。

   組織・運営の仕組を理解させる。

 

2年

 ・効率のあがるグループ学習の必要性を理解さえ工夫させる。

   2年にあったルールをつくらせる。

   練習試合時の運営を工夫させる。

 

3年

 ・運動文化の矛盾について理解させる。

   ルールをつくりかえさせるとともにその意義を理解させる。

 

 

 1・2年生では自主的な運動学習を展開できるようにグループ学習や組織・運営をめぐる学習内容が設定されている。そして、1・2・3年生では自分たちの実態にあったルールの創造が共通してあり、3年生段階になると運動文化の矛盾を理解してより民主的なルールづくりをめざすこころみをめざそうとしているのであろう。

 

 

では具体的な中身についてみていきたい。

 

 

<1年生>

 ・「自分でボールを飛ばしてみたいということがすべての子どもの気持ち」

 ・「1年生の場合にはボールに多く触れさせる、またパス・ラリーが出来るゲームや練習、ルールを工夫することが指導の重点となる」。

 

1.単元の目標

 

①バレーボールの性格特性をつかませる(パスの技術を高めていく中で喜びの質を発展させる。

 

②計画をつくって学習する上で大切なことを理解させる(ルール・練習法・めあて等)

 

③技術および技術以外の問題をグループで解決させる

 

④バレーボールにあった準備・整理運動をつくらせてみる。

 

2.単元の展開

 

計画:オリエンテーション+練習時間(9時間)+試合(2時間)

 

「1:1のパス・ラリー」

    ↓

「2:2、3:3のパス・ラリー」

    ↓

「3:3のゲーム」(ここまで3時間、続けるゲーム)

    ↓

「6:6のゲーム」(ここで3時間)

    ↓

「総合練習」(ここで3時間)

    ↓

「試合」(2時間)

 

 1年生ではボールにふれる、とばすことからはじまった方がよいとかんがえ、どうチームの相手とパスをつづける。これが長く継続できるようになると2人、3人と増加していく。ここでネットをはさんで、3:3で"続けっこ”をする(オーバーネット、オーバータイムス、ドリブル、ホールディング等は採用しない)。この段階をすぎると、3:3でネットを高くコートをせまくして、お互いに相手のいないところへボールをおとす、いわゆる"イジメッコ”をする。これを継続して6人制バレーボールへ移行していく。

 

3.学習展開の指導法

 

(1)オリエンテーション

  ①アメリカでつくられたことな等の簡単な歴史の解説

  ②子どもの発言を中心にしたルールの解説。

  ③目標づくり

 クラスマッチで「和光ルール」(平等にサーブができるように1人1回ずつ。15点3セットマッチで1人最低1回セットは出場する。半セット2回でもOK)がつくられたいきさつを説明し、1年生に適切なルールは何かをかんがえさせつくらせていく。

 子どもの発言とは「何がおもしろいか」をめぐるものと「何がおもしろくないか」をめぐるもの、そして「どんな計画をつくればよいか」をめぐるものである。

 

4.単元の全体計画・グループのつくり方

 

 時間の関係から、前の時間の最後にグループをつくるときの条件をださせ、体育部の子どもに原案をつくらせておくとよいそう。グループ人数、役割(仕事内容)などを決定させる。

 

 ここで大事なことは目標に関係する問題をとりあげることで、みんながたのしめるために力量が均等になるようにするなど、具体的な問題解決をとおして民主的な集団づくり、民主的な人間関係の育成をめざしていく。

 

 組織づくりの原則がきまると次は全体での決定事項についての議論

 

・試合の時間数

・ソースボリュームを使用して練習計画をつくる

・全習法・分習法の組み合わせや練習の中心となるパスラリーを強調

・授業開始・終了の5分は教師の話で、のこりの40分の計画をつくる

・ノート1冊を各グループにわたして9時間(11時間中)分の練習計画をたてさせる

 

 ここでの指導は各グループの練習計画について「パス練習だけでよいか」「ねらいは何か」と質問をして「教師の案を展開するための自主性の発揮」におちいらないようにする。そのため毎時の計画は、おおまかな全体計画をくわしくしたものとなり、指導・助言もきわめてこまかくなっていく。授業の前日、おそくとも授業前にリーダーのもってきた計画表をもとに教師が話し合いをする。

 

試合についても「はじめるにでるのは、誰々ですか。何分から開始しますか。審判はどうしますか。試合をみているものはなにをしますか」といった質問をしていく。

 

「この単元学習で、リーダー会議を欠かせば、つまり事前の指導ながされていない場合は放任の授業となるといってよいだろう」。

 

5.技術の指導と技術以外の指導(人間関係・服装・用具準備等)

・授業前の休み時間

 ノートをみながら黒板・机・椅子・ホイッスルを準備する記録係。

 巻尺・ラインカーで石灰ひき・ボールの空気確認をする用具係

 

・授業開始

 リーダーを中心に出席・準備状況の確認後、「教師の一言」をもらい練習開始。

 

 技術練習とき教師は学級に共通する指導・グループのつまづきへの指導や時に個人指導をおこなっていく。また技術以外の指導としては、「技術的に遅れている子、仲間と一緒に練習しない子などの名前をあげ、このような問題についてグループでは、またリーダーはこんな解決の仕方を考えているといったことをみんなにしらせてやる。団結・批判・団結といわないまでもよそのグループで起こっていることをすべての子どもに知らせてやること・・・個人がグループやクラスの中に埋没することなく授業が進められていくためには、教師の"なにを全体の問題としてとりあげなければならないか”ということが大きく関係する」。

 

 指導の基本は4つ。

 

①技術的なつまづきにたいしてフォームの問題に速断しないで「なにが一番こまっているか」を十分にきいてみる。

②資料集を提示したり仲間の指摘・記録などによって問題点を客観的につかめるようにする。

③グループで学習する際の原則をつねにあきらかにしておく。

 「なぜ上手な者が、うまくないものを教えなければいけないか」「技術的に遅れている子どもの発言は無視されていないか」「グループの中で仕事を忠実にやらないものがいたときはどうするか」などの問題を処理するためには原則のないところでは指導できない。

④生活指導は教科指導を統一する(教科指導の場で、学級、他教科の原則と矛盾することなしに、生活指導がおこなわれるべきである。③にみられる原則価値観の問題は、体育科だけのものではない)。

 

6.試合の指導

(1)「何を」どう指導すべきか

 ①技術発表

  攻防の作戦があるか、出場ルールがまもられているか、相手チームの分析

 ②運営に関すること

  各係の仕事(審判、記録、用具)、ルールのプリント作成・配布、審判およびラインズマンの決定、スコアブック・得点板・組み合わせ表・ボールの点検・ネット張・ラインひきなどの分担。

 

(2)グループ全員がたのしくやるためにどんなことをかんがえ実行しようとしているかの追求(全員が納得したルールづくり、うまい・へたが平等に出場できて勝利を獲得できる方法をかんがえる)。

 

(3)技術だけによる評定の矛盾に対応する係の仕事( 役割)の追求。

 

 

7.反省会

 単なる反省会におわらず次への発展を示唆するものになるためには、「オリエンテーションが単元の成功・失敗をにぎる重要な鍵となる」。 

 

<中学2年生>

 吉崎さんはグループ練習についての自主的な運営・組織を基本の学習内容としているために「バレーボールの単元を展開する場合、その手順には学年差はない」とのべている。「単元の展開に当たって学年によって根本的に異なるのは「指導のねらい」をどこにおくかだけであり、指導方法や手順においてはかわるところはない」のである。

 

そしてバレーボール単元での「学習・指導のねらい」は、

 

「第2学年においては技術以外の問題、即ち競技会の立案・運営に重点がおかれてよいと思う」とのべ、「役割の決定」「試合のための準備(ルールの問題・コート・用具・審判)」などを解決していく過程を最も大切にしたいと説明している。

 

もちろん発達段階によって技術や技術以外の部分で指導内容は変化するとものべている。特に2年生では「なぜこうやると強く、そして確実にとぶかなどを知的に理解しようとする態度が出てくる」として、この点を確実に理解させる指導が必要になると強調している。

 

<中学3年生>

 上記2年生で記述したことと重複するためここではオリエンテーションのちがいがのべられている。

 

 第3学年ではとくに「運動文化を矛盾的に把握させる」ことを重視する。

 

 「ネットが高いと困る」「ボールのあまりこないポジションがある」「サーブがまわってこない」などの子どもの発言から「パスが続くようにしたい」「みんながボールに触れられるようにしたい」「いろいろなポジションをやりたい」という願いにまで高め、そしてこれを実現することがどのような意味をもつのかということを理解させるのである。

 

オリンピックに代表されるように「バレーボールを含むすべてのスポーツは大衆化と逆行する動きの中にある。そして、運動文化それ自体のもつ矛盾ー文化が一般大衆に受け入れられるものでなければ捨てさられるのにもかかわらず、一般大衆とは無縁の所でますます発達しつつある。このことは外側の条件によって一層拡大されつつある」。

 

「つまり一方に、学習の主体者で子どもの立場をふまえた要求、他方に社会的要請にこたえようとするもの、これらの運動文化をとりまく矛盾としてとらえさせることが必要である」。

 

※なるほど、運動文化論のいう手段論批判は、国策としての運動文化(プロスポーツ)のための学校体育批判も内包しているのか。。なぜならそれは人間疎外要因が拡張されており、一般大衆には到底うけいれられるものではないからだ。

 

さて、吉崎さんはこうして3年間の指導プランを紹介したあと、「アイマイな点は技術の目標であり、指導である」と課題をあげている。「技術の指導については、これでというなんらの客観的な資料をもたない」のであり、また「科学は何らも我々に与えない」。そのため、 吉崎さんも生徒があげたスパイクの動作ポイントにたいして質問をくりかえすのみで納得のいくような説明をすることはできなかったという。

 

吉崎実践での技術目標の設定は「3年ではこれを学習する必要があるのではないかときき、生徒の方から必要あると判断しえらびだしたものとあわせながら技術の目標・計画づくりに役立てた」といったものであり、「技術の目標があっても、内容はなかった」と反省している。

 

そして「運動力学・生理学・解剖学などの自然科学の知識をどのように与え、これをどのように技術と組み合わせればよいかはわからない」という課題を提示している。

 

 

 

こうして吉崎さんは、運動文化の民主的な運営・組織方法を学習させようとする生活体育において、ソースボリュームを使用して技術指導の統一をはかった瀬畑実践の課題にくわえ、「運動文化の矛盾的把握」とそれをもとにした「大衆的(民主的)ルールづくり」というテーマを最高学年にすえている。

 

 

やはり課題は「技術指導の科学性や系統性」にあったものの、指導過程をみると瀬畑実践よりもグループ学習についての指導方法が整理されてきていることがわかる。技術以外の指導についても瀬畑実践での課題を指導原理としてふくみこんでいる点は興味ぶかい。

 

 

ただ1年生では「ボールをはじくことによるパス・ラリー」がおもしろさの本質にすえられているけれど、2年生、3年生についてはどのようなおもしろさを感じているのかについての記述はなされていない。これについては発達段階というよりも「初心者がかんじるおもしろさ」というものとして理解してもよいのかもしれないとおもった。

 

そして「技術指導」についてだが、小学校なんかはとくに子どもたちが自分たちにみあった技術学習の系統性をくみたてていけるとは到底おもえない。中学校であってもそうだ。その意味で、やはり生活体育の限界が「技術指導にまずあらわれる」ということはおさえておくべきであろう。なので、はじめは教師が「子どもたちがうまくなる・その教材(運動文化)のおもしろさをつかみとる」指導を展開しつつも、のちに自主的な運営や矛盾的把握や大衆的ルールづくりの指導をどう展開するのかという課題としてひきとっていくとよいのではないだろうか。前者と後者の濃淡が発達(小・中・高)によって変化していくとかんがえてみたい。

 

 

 

ちなみに、最後にもう1つ紹介しておきたい。

 

実は東京の新宿事務所に布施さんがおいていった和光学園の資料をみつけた。タイトルは『体育学習資料集』とあり1977年改訂版である。表紙には和光中学・高等学校とありそこに「第 学年 組 氏名」と記入欄がある。つまり子ども用だ。

 

 

ペラリと1枚めくると、「あたながたは、『何のために体育をするのでしょうか。』よく考えてみてください」という文にはじまる「Ⅰ体育学習のねらい」、そして「Ⅱ学習の進めかた」「Ⅲ体育学習の年間プラン」「Ⅳ教材ごとの練習のしかたと要点(10教材)」がならべられている。

 

 

これはまさに総合版のソースボリュームであろう。和光学園は「生活体育」実践をうけついでいたのだ。現在はどうかはわからないけれど、吉崎さんたちの試みがつづいているとおもうと感慨ぶかいものがある。

 

ちなみに、Ⅲはやはり「オリエンテーション」にはじまり、「グループ分け」「組織づくり」「計画、そして練習、ゲーム」とつづいている。内容的には3、4ページ程で量はおおくない。またバレーボールの部分も32~39ページとなっている。そして「和光ルール(主なもの)」が紹介されており、吉崎さんが学会で報告しているルールが発展されてくみこまれていることがわかる。力強い文がならんでいる。

 

ルールが考えられれば、誰もがバレーボールのおもしろさ(本質)にふれ、すばらしさや満足感を味わうことができるし、人間性を高めることができて、「差別や、誤った競争心を誘発するような従来のルール」とは異なった新しいすべての人達のルールに成り得る。だからこそルールは固定化すべきでないのである。つねに変化し、つくりかえられるのです。

 

運動文化のよろこびをだれもがつかめるようなものに変革していくことを子どもに直接的にうったえかけているのだ。

 

ちなみに、全体の計画表をみると高校1年生の後期しかバレーボールという文字はない・・・。これはどうしてか・・・。

 

 

 

さて、今ふとおもったのだが、生活体育は実践的には「運動文化の自主的な運営・組織と運動技術学習の統一」をめざし、教科外体育のための教科体育を展開する。

 

一方で現在は教科体育の発展のための教科外教育として位置づいており、教科体育で戦術・技術にかんする系統的指導を展開し、実践によっては運動会や校内大会や発表会等にむすびつけて子どもたちに組織・運営をさせていくものとなっている。

 

つまり、はじめからまかせているわけではないけれど、実践としては運営方法をまなばせている。となると、現代においても十分に検討するだけの価値がありそうだ。

 

高校段階あるいは大学段階では何をこそ教えるべきなのかとかんがえたとき、生活体育の構想をベースにして実践をすることもありうる。そうすべきかどうか、あらためてかんがえてみる必要がありそう。

 

特に、現在は「子どもの喜びを高める指導」が「戦術・技術指導の系統性研究」によってになわれてきた。ならば①「子どもの喜びを高める」段階から、次の②「子どもの自主的なルールづくり・試合のための練習計画づくり」段階へ、そして③「(大衆的ルールをもとにした)試合の運営・組織」段階へといった移行をかんがえる必要があるのではないか。①については十分やられているけれど、実際にはどこまで①をやるのかということもかんがえる必要があるのではないか。

 

さて、これでひとまず体育同志会における生活体育期・ソースボリューム時代のバレーボール実践について、主要な文献はあつかってきたつもりだ。

 

大事なのはこの時期をどうストーリーだててまとめるか。次の⑤ではこの時期の整理をこころみてみたい。(パワーがいるのでちょっと先になるかも)。