TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

Nさんの運動会実践からー匠の会における実践報告ー

さて、2月19日に東京の若手教師があつまる匠の会に参加してきました。

 

ちなみに、匠の会とは2007年にスタートした東京支部の若者による学習会です(『たのしい体育・スポーツ』2012、11)。ながらく継続していますね。今年は8年目になりますか。

 

今日はNさんの発達障碍をもつ子どもとむきあう運動会実践(小3旗体操)の報告です。

 

当日は①運動会実践の演技構成や指導過程についての紹介、②発達障碍をもつAとどうむきあい運動会への参加をまえむきにしていったのか、Aの発達要求をめぐる理解について報告があった。

 

 まずN実践の報告をきいて運動会実践が「表現性−組織性−自治性」という3つの視点で実践をみつめていく着想をえるとともに、運動会実践をめぐる実践的課題が以下の3つの大前提からうまれるのではないかとおもうにいたった。

 

<大前提①教育目標(自治能力の形成)と教材特性(表現教材)の関係>

 運動会は道具操作や環境づくりをともなう身体表現を特徴とする教材をもちいる。となるとスポーツ分野の自治的運営能力の育成をめざす運動会実践は子どもたちが自分たちで企画した表現内容の質的発展をこころみられるよう発達段階におうじた内容理解を必要とするであろう。すなわち習得対象が「『表現としての』動作や道具操作」であることを理解し、意識的に「表現性」をたかめていけるようにしていきたい。そのためにも子どもたちには「鑑賞能力」とあわせて「表現能力」を獲得させていく必要があり、「どうやったらよりみばえがよくなるのか」という問いをもって自ら表現内容を評価し改変していくとりくみを経験させていきたい。

 自治性が高まるためには子どもたちが「表現としての動作(技術)」のたかめかたを理解していなければならないのであり、中西さんがのべるように小学校段階では教師が主導性を発揮して運動会実践をつくっても、ゆくゆくは子どもたちが自分たちで運動会をつくっていけるように、動作の習熟過程において鑑賞能力を系統的に育成していく必要があるだろう。たとえば、小学校中学年では演技構成や演技内容の基本を教師が提示して指導していくにしても、その過程で演技がどう表現性につながっているのか、「みばえ」(表現性)をよくするためにはどのような動作がもとめられるのかといった観点から動作のポイントがわかり、できていく過程を保障していくことがのぞまれるのではないだろうか。

 

<大前提②ローカルな運動文化実践(地域性)>

 運動会は子どもが保護者・地域住民にむけて身体表現を構成していく実践となっている。そのため、地域の人たちへ自分たちの(地域社会への)「意志」を表明するためには地域の「お祭り」や「運動会・スポーツ行事」などの「運動文化実践」を教材としていく必要がでてくる。たとえば、その地域ではどんな社会階層の人が、どんな職種の労働者が生活していてどんな運動文化実践が展開され、どんな意味や役割をもたせていたのかを学習させることで、じゃあ、自分たちはどんな「意志(願いや意味)」を運動会にこめていくのかという目標・テーマ決定をさせていくといったことが想定される。身近な「運動文化実践(お祭り・運動会・スポーツ行事)であるからこそ、子どもたちは実感をもって「運動文化実践」の目標(意志性)・内容・方法の貫徹性をイメージをすることができるのではないだろうか。

 身体表現教材それ自体が地域性を内在するのではなく、(日本の)運動会実践が地域性をもっているのである。たとえば、学校行事としての校内球技大会などのように地域性を必ず必要としない行事もある。こうして運動会が地域の「お祭り」を教材とせざるをえない特徴をもっている。ただし単なる成果発表の場と位置づけた運動会実践だと保護者はみても地域性は必要なくなる可能性がある。でも「体育」的であるということを視野にいれたときに、運動文化の主体者形成のためには、やはり成果発表だけではなく、その先の目標をみすえたローカルな運動文化実践をつくっていく必要があるのではないか。

 

<大前提③学校全体での教育実践>

 これは当然のことだけれど運動会実践は1つの学年だけで開催されるものではない。各学年種目や全体種目など様々な異学年混合種目が構成される。そのため各学年が共通の「意志」をもつためには体育委員会の組織とそこでの目標・テーマづくり、そして体育委員を中心とする各学級での目標・テーマへの合意づくりが不可欠となるのである。こうして学年全体で目標の合意づくりをおこない目的的な活動を組織していくためには各学年の子どもたちの実態(発達段階・発達要求)を理解している担任教師の存在が必要であり、かれらとの連携が必要となる。また「表現性」は「表現−鑑賞」がむすびついており、完成品だけではなく創造過程をふくむために、教師自身がその演技の「表現−鑑賞」能力を評価していく必要がある。

 

ところで、「表現性−組織性−自治性」という3つの視点はよ〜くかんがえたら前回紹介した神谷さんの「運動会指導の系統性私案」と一致している。

 

ちょっと紹介したい。

 

①プレイ場面の自治内容「ともにうまくなる・表現する」

 ・プログラム・セレモニーの内容

 ・集団演技の構成

 ・競技ルールの設定

 

②組織・集団の自治内容「ともに働く(協働)」

 ・委員長・副委員長の決定

 ・プログラム・セレモニーの役割分担

 

③条件の自治内容「ともに支える」

 ・練習の時間、場所、スケジュール

 ・用具

 

①②③が交差されて「ともに集団の『意志』を確認し合う」ことがめざされる。

 

うーん。なるほど。正直自分の「表現性」にかんする理解はあさかったなぁ。

 

なかなかいい発見をしたんじゃないかとよろこんでいたらもうとっくに神谷さんが体系化しているではないか。。。

 

自分は「プレイ場面の自治内容」の一側面である内容構成についてふれているにすぎなかったのだ。

 

までも、すこしずつ課題をほりさげていきたい。

 

では、以下はNさんの実践の報告まとめです。

 

<旗体操の教材的価値>

 旗体操はユーチューブでもながれているようで、基本の体形や動作のポイントについてはそちらからアイディアを参考にしたそうである。

 まず映像を視聴してみたのであるが、とてもよかった。旗体操(教材)の教材的価値は次のようなものだと整理されていた。

  • 3年生でも見栄えのする表現
  • 体を大きく見せることができる
  • 複雑な動きがあまり要求されない
  • 全体の動きを想像する力が欠けると難しい動きもある。
  • うごきのキレ(てごたえ)が旗の音としてフィードバックされる(自然ときれのある動きになる ※スナップ動作がポイント)

 

<旗体操の演技構成について>

「はじめ−なか−おわり」というおおわくを意識して演技構成をつくる。開始の演技で観客を魅了することが重要で、最初がつまらないとあとからよくなってもよくみえないことがおおいという。

 また選曲は、「はじめ」は演技開始場面が音によってわかりやすいものを用意する、その後はリズム感のでる、カウントがとりやすいもの、きりかえの場面がわかりやすいものを選曲する。

 

(1)ウォーターボーイズ(登場+スタートのインパクト)

 ※隊列移動で魅せる

 ①移動

  • 直線の交差
  • 十字の回転

②ウェーブ(前の人の動きに反応)

(2)スループジョンb:ビーチボーイズ(旗体操の魅力の紹介)

 ※隊形は各クラス3列×2組でオーソドックス

 ※旗の操作で魅せる

 ①一斉にそろう心地よさ

 ②高低の互い違い(1組2組・奇数偶数) ※3年生でもっとも困難だった。

 ③ウェーブ(カウントによる)

 ④激しい動き+静止

 ⑤2人コンビ

(3)鉄腕アトム(歌なし・フィナーレにふさわしく華やかに)

 ①一斉+はげしい動き

 ②隊形移動 外円と中円の逆回転

 ③高低差を利用したフィナーレ

 

 ※10時間目でほぼできるようになる。

 

<指導のポイント>

(1)旗操作の基本 省略

 

(2)教師の口三味線

 練習時、うごきにあわせたイメージを口三味線でうたいながらおしえていく。操作の順序や運動リズムなど説明ではなかなか理解させにくいことも簡単につたえられる。(グルーンパッ、シャンシャンシャン)(ウンパ、ウンパ、シャンシャンシャン。赤赤赤赤赤赤ウンパ・・・)など。

 

(3)音とり

 音は朝・帰りの会や給食の時間などを活用してかならず毎日きかせる。教師は口三味線をうたいながら。

 

 練習をしなくてもおぼえられる。口三味線もおぼえてくる。休み時間などに自分たちで練習をやりだす。

 

 音がとれ、次のうごきがわかってくると反応がよくなる。演技の統一感や音をだすことなどにも次第に集中できるようになる。

 

(4)教師の指揮

 

 練習時には教師が朝礼台の下で指揮をする。次のうごきを表現したり互い違いの演技でたちあがったりすわったりするタイミングを表現する。

※Aさんの日頃のオーケストラ鑑賞がきいたのか、ものすごい情熱的な指揮をおこなっている映像をみた。きびきびとした指揮やタイミングなどは本物のオーケストラのようだ。

 

 今回は特に複雑な演技構成だったので、朝礼台の下で本番はちいさく合図をだした。安心感をもたせて、おもいきって演技をさせる。 

 

 特に旗体操はミスがはっきりとわかる表現でもあるので、「ミスしたくない」という思いが子どもたちの中にも芽生えていきやすい(そうかんじられるようになることは技術向上のためには必要なのだが)。教師の指揮があることで、安心しておもいきって演技をさせることができる。音等に集中できる。

 

(5)苦手な子への個別指導(休み時間・放課後等を利用)

 

(6)ビデオ鑑賞

 校庭ではじめてとおした演技を鑑賞した。表現運動はやっている側は魅力を実感できない。見る側にたつことではじめて自分たちがおこなっていることの意味がわかってくる。やっているときはおもしろくないかもしれないが、みている側はおもしろい。自分たちを見る側をたたせ、それぞれのうごきのポイントの意味をわからせることで、意欲・演技の向上にもつながる。

 

 

 さて、ここで注目したいのは運動会の表現性にかかわる学習内容(鑑賞−表現能力の指導)についてであるけれど、「わかる」中身として次のことが「表現」の側であげられている。

 

<みばえ・表現をたかめるという目的へのきづき>

 みる側の視点をもたせる。

 

<みばえ・表現をたかめる課題へのきづき>

 

<みばえ・表現をたかめる方法へのきづき>

 ①個の演技の流動的連続的な集合を線や面として表現する。

  ・高低の互い違い

  ・ウェーブ

 ②協調性

  ・一斉にそろう心地よさ

 ③調和・親和性(協力動作・コンビネーション)

  ・2人コンビ

 ④躍動性(ダイナミックなうごき)

  ・激しい動き+静止

 (・コンビネーション)

 

 

 運動会ではどんな「鑑賞−表現能力の系統的指導」をおこなっていけばよいのか、今後も機会があるたびにかんがえてみたい。

 

 ちなみにNさんの実践記録では発達障碍をもつ子とむきあう実践が日記風にまとめられている。これは重要だとおもった。なぜなら特別な教育的ニーズをもつ子どもたちは自分のきもちを会話や文章で表現することがにがてだからである。子どもの行動の背景にある声にならない声をひろうには、日記風に、その子どもの視点にたちながら出来事をつづっていくことで、1つの行動ではみえなかったものが、いくつかかさねてみるとみえてくることがでてきたり、出来事が関連して発生していることがわかったりする可能性がでてくる。今回はAをめぐるやりとりは省略する。いつか紹介することになるとおもう。

 

 またNさんの運動会実践づくりにおける同僚性の構築の仕方も参考になる。

 

Nさんは今回の教材ははじめての挑戦であった。そこで、

 

①前任校での経験やユーチューブなどから旗体操の教育的意義を理解し、2名の担当教員に旗体操でのとりくみを同意してもらう

 

② 「はじめーなかーおわり」という3つのわくぐみを基準にだいたいの演技構成を作成し、2名の担当教員から演技の構成についての意見をもらう。

 

③Nさんがもらった意見をもとに修正し、提案。

 

④実際に3人で演技構成をためし、3年生でできるかどうか、表現性はどうかと議論をして修正していく。

 

⑤きまった構成を子どもたちに指導する。そこでしょうじた問題を整理し、再度実際にためしながら内容を修正していく。

 

こうして同僚性を発揮しながら①教職員で演技構成をかんがえていく、②実際に子どもにやってもらい演技構成が適切かかんがえていく、という2段階の検討をふまえていったのである。

 

まわりの教員とうまく連携をとりながら、でもよりたかい実践づくりをめざしてNさんが中心となって指導していっている。すぐれた運動会実践の背後にはこうした同僚性が不可欠であることをおしえてくれる。

 

 

最後にちょいメモ。

 

・学校教育はグローバルとローカルの両面をもちあわせていくことが必要となる。

  • 運動会実践をローカルな運動文化実践の学習と位置づけたときに、地域史をふまえた運動会実践(祭り)の歴史を整理し、その上に自分たちはどんな運動会をつくっていくのかを構想させていく実践づくりをしてみてはいかがだろうか。もちろん、地域の方との連携が必要となる。でも実践は教育実践であり主導権は地域ではなく学校側にあることを意識しておきたい。
  • 地域の「お祭り」に学びながら運動会を実践していく。それは特別活動が上位目標に位置づくという特徴をもつ。
  • 学年段階としては実行委員会の組織が重要とる。

 

 さて、今回はどちらかというと生活指導の発展としての教科外教育が展開されていたとおもわれる。そしてその中でも表現性にかかわる学習内容(陶冶内容)が措定されるべきだろうということを発見した。

 

 「陶冶的体育行事」は「教科学習の発展としての体育行事」としてとらえたほうがよさそうだ。でも「訓育的体育行事」は「生活指導の発展としての体育行事」としてとらえるとどうも複雑だ。運動会はローカルな運動文化実践の民主的な継承・発展という目標もになうようにおもうからである。すくなくとも「訓育的体育行事」というわくぐみをどうにかわかりやすい表現にしていきたいのだが・・・またいつか運動会実践をきく機会があるとおもうので、そのときにいい案がおもいつくとおもって、今回はかんがえることをやめとこ・・・。