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TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

愛知支部4月例会にむけて―ソースボリューム時代のバレーボール実践②―

バレーボール教材

瀬畑さんの実践を今回は紹介してみたい。 

 

ちなみに、森さんが『たのしい体育・スポーツ』2013年11月号で紹介しているので、ちゃんとしりたい方はこちらに。自分のみたいにダラダラしていません。

  

さて瀬畑さんの実践は前回紹介したように、運動(練習)や大会の自主的な運営・組織をめざした民主的な集団づくりにおいて、どのように有効な技術指導をおこなうのかという課題にとりくんだものでした。

 

その打開策がソースボリュームとよばれる学習資料でした。

 

ソースボリュームには子どもたちが自主的に練習や大会運営を進行していくための基礎的な知識が記述されており、ソースボリュームが子どもたちの学習を方向づける役割をもっているのです。

 

ソースボリュームを作成したのは12月のワークショップで(素案段階?)、瀬畑さんの実践はその年の10月だ。開発していきなり校内大会にいかしている。当時の研究の熱をかんじる事実だ。

 

 といっても、当時生活体育の時代には教科外体育との連関を基本としていたために校内大会が頻繁に組織されていたはず。『体育グループ』をまとめた赤本『運動文化論』には3校程の年間計画が掲載されているけれど、どれも校内大会が設定されおおいところでは年に3回ある。

 

ということで、瀬畑さんの実践からは次のようなことが課題となっていると把握しておきたい。

 

  • 運動文化の主体者形成を志向して子どもたちに自ら練習や大会を自己組織させていくとき、どういった指導がめざされるべきであろうか。

 

 特に、今回瀬畑さんは教科外体育の一環として教科体育を位置づけており、中村が提案する教科体育の発展として設定しているわけではない。今日風にひきとるならば校内球技大会の運営をめざすという点でこれは訓育的指導をめざした教科指導であると理解しておいた方がよいだろう。したがって、バレーボールにおける教科外体育実践として瀬畑実践をひきとる必要があるのではないだろうか。

 

  • 運動文化(バレーボール教材)の組織領域についての学習内容とは何か。

 

  • ソースボリュームをもちいた指導方法の解明。

 

ひとまずおもいつきですが、上記の課題を設定しておきたいとおもいます。

 

では、瀬畑実践です。

 

瀬畑さんの実践記録は約70ページもある。

 

といっても、前半はソースボリュームをもちいてどのように指導を展開するのか、その具体的な内容を記述し、後半でグループ練習の実態と校内大会の報告をしている。

 

すなわちそれは、1.単元の性格と指導計画、2.導入、3.全体計画、4.グループ編成、5.グループ計画作成、6.グループの練習、7.校内大会、8.この指導に対する質疑、である。

 

  • 単元の性格と指導計画

 

 ここではバレーボールを指導する理由を次の3つにあると説明している。

 

  • バレーボールを社会生活のなかにしみこませる。
  • 心の友をつよく求める学齢期にバレーボールを経験することで、技術ばかりではなく心の美しさの発展にも期待できる。
  • 現代社会ではレクリエーションなしに生活はできず、学校による社会への責任として指導することが必要である。

 

また例として中学校3年生の指導計画は、

 

オリエンテーション

導入(2時間):競技の歴史、概要、現状と見通し、技術、ルール、練習法など

全体のプランニング(0.5時間):ソースボリュームをもとに全体計画のつくり方(クラス全体で計画を討議)

グループの編成(0.5時間):グループのつくり方(力を均等にする)

 

<グループによる活動>

グループの計画(自由時):計画用紙を配布し練習の仕方・技術、役割・係などを討議

グループの練習(10時間):係の仕事、基礎技術、応用技術の獲得

試合(放課後):練習試合、校内大会、自主的運営のしかた(体育委員会)

 

評価とまとめ(1時間):スキルテスト

 

があげられている。

 

 

●目標の合意

 

さて、瀬畑さんはオリエンテーションの段階で、まずは「最後の目的」を討議させている。

 

「なんのために?」という問いに直接「社会にでてから、バレーボールが楽しめるからやるのさ」とこたえても、単元のはじめから子どもたちが納得することはできないと瀬畑さんはかんがえている。

 

また目標がゆたかになるためにもバレーボールの歴史をおしえ、これからどうすればバレーボールはさらに発展するか、生活にとけこむことができるかなどがわかってもらうようにするという。具体的には改善点として①国際式バレーボールの発展、技術の向上、②さらに深く生活の中にしみこませること、があげられている。さて2015年現在なら、どのような改善点を子どもたちにしめしていくのであろうか。

 

この「目標・目的」を子どもたちがきめるという点は以前冬大会で神谷さんが提示した教科外体育の指導系統と同様の重点課題となっている点で興味ぶかい。教科外体育では「何のためにやるのか?」を子どもたちのものにすることが第1に重要となるのである。

 

また目標については、「生徒自身の歴史の中から目標を引き出すことをまず考える」とし、前年度の学習での到達点や課題を確認している。

 

こうして子どもたちの経験から技術面だけではない目標を合意させることで、「生徒が思うとおりに動かない」という事態も解消される。

 

● 審判もまかせる

 

また、ルールにかんしては「技術と関連した反則のルール」と「試合のためのルール」があり、後者の審判に関連するルールをとくに重視するという。

 

本来中学校では高度なルールまでをしっておくことも可能だが、小学校でバレーボールをネットボールという簡単なものでしかまなんでいないので、綿密な指導計画が必要とのことであった。

 

「審判技術の系統の系統も考えられなければならない」とまでかんがえていて、瀬畑さんは審判の判断がやさしいものからむずかしいものをならべて「ここまでは完全にとってもらいたい」という目標をしめすという。

 

校内大会のルールについては体育委員会が討議によって決定し、練習ではそのルールを基本的にさせるようだ。討議方法も原案を教師が提出するがあとは子どもたちにまかせるという。

 

これで練習中ルールに文句がでても「君たちがえらんだ代表がきめたんだからしかたがない」と納得させることができるという。

 

● 練習方法は基本的には子どもにまかせる

 

 「自主性」というからには、子どもにはできるだけのことをやらせるという。たしかにソースボリュームを使用してある程度の見通しをもたせるものの、具体的な計画は子どもたちにまかせ、子どもたちが自身のたてた計画によって合理的な技術の向上がえられ、試合に勝利することができると信念をもつならば、それでよいとかんがえるそうだ。

 

「要はこの資料を使って生徒が自主的に、合理的に、どれだけじょうずになることができたかとういことであるからである」。

 

とはいえ、ソースボリュームをもとに見通しはきっちりともたせている。

 

たとえば、導入の段階では校内大会までの日程をかんがえ、基礎技術(3時間)・応用技術(3時間)・試合(5時間)といった例を紹介する。

 

もし非合理的な練習方法を実施している場合はあたらしい練習方法としてソースボリュームの内容を紹介したり、ソースボリュームをもとになるべくアンダーハンドパスは練習しないように話をしたりしているという。

 

また中心的な練習も「トスタッチ、スパイクの技術向上をねらうという結論をださせるように助言するという。さらには高度なスパイクよりも「タッチ」(5本指でおしこむ〜現在のフェイント?〜)を練習法として強調している。

 

「必要に応じて教えるというより、前もってこんな方法があるということを教えておけば、生徒自身の自主的判断が練習の場面に相当生かされることになる」のだそうだ。

 

 

 また練習計画は必ず全員の相談によってつくれと指導し、リーダーだけがつくるという最悪の状態にならないようにする。

 

 そして、この計画がなければどんなことがあっても練習を中止にさせ、それはその日暮らしでなくりっぱな社会生活をできるような人間をつくるためなのだという。

 

● グループの練習(グループでの技術指導をどうするか)

 

第1回目の練習活動を次のような点で観察する。

 

①グループ全体の雰囲気の把握

②リーダーの観察、分析とその指導

③グループ内の問題児の行動把握と個人指導

④グループ内の技術のへたな者の位置づけと、その観察助言

⑤話し合いと批判の場の持ち方、その助言

⑥男子と女子の共同学習の雰囲気の観察

 

この時間の記録としてはソースボリュームの記述内容をこえて自由に有効な練習を実施しているグループなどを紹介している。

 

第4回目では、へたな者、協力しない者をどうするのか、また、それをどう解決するかということが具体的なグループの課題となっている。

 

またグループの間を見て回っており、「ボールをこわがるな」「アンダーハンドをやたらにつかうな」という注意をよくしているという。また記録では前衛にトスをあげやすいボールをかえせ、トスをじょうずにあげれば、スパイクやタッチが比較的らくにうてるという視点から指導がなされている印象をうけた。アタックをめぐるコンビネーションへの着目がなされている。

 

第8回目では審判の指導がメインとなっている。

 

正確なジャッジをめぐって最初はもめごともおこるけれど、こうしたプロセスをへなければかれらなりのスポーツマンシップを本当に理解することはできない。

 

第10回目は試合である。「教育大学のバレー部の人がきてみてくれた」とあるが、これは中村さんのことだろうか。。。のちに川口さんもでてくるし。

 

ここでは「負けてもよいから全力をつくせ」ではなく「練習成果を最大限に発揮して試合に勝て」というのがよいと説明している。

 

また試合の段階で頭がいたくなることとして次のことがあげられている。

 

10人のうちだれかをぬかすということだ。

 

とある班ではたいがいその焦点がMさんのところにいってしまう。同じグループメンバーとしてかれらは「技術がへただから」とか「積極的に動かないから」などという簡単な理由でぬかすわけにはいかないのだろう。今まで10時間このグループで活動してきて欠席した者や見学した者がだれもいないことは、だれもたのしくいっしょうけんめいやってきたにちがいない。こんなときにだれに抜けてもらうのかをきめるのは「皆で相談してきめる」か「リーダーの独断できめる」かのいずれかである。・・・1セットが終われば交代するルールがあるのだが、・・・そこでHさんはMさんのきもちをきずつけないようにそっと「この次のセットにでてね」ということでゲームを始める。とにかくリーダーというものはつらいものだとおもう。・・・もしこれがいい加減にえらばれたリーダーだったら・・・「Mさんはへただからすこしまってろ」といったようなこともいいかねない。・・・仕事があまりリーダーばかりかぶさってしまうのもかんがえてやらなければならない。

 

このことはまた最後にでてくる。

 

さて、校内大会についてはやはり力をいれて組織的内容(体育委員会での決定事項や運営)について記述してある。

 

組織について

①体育委員を各クラスから男女1名ずつ選んで委員会をつくり、委員長をきめさせる。ここでは教師の原案を検討させ、討議させる。

②委員は各クラスの意見をまとめ、ホームルームで討議させる。それを委員会に反映させる。

③各ホームルームは単元ごとにグループをつくり、委員会できめられた線にそって活動する。リーダーをきめ、委員との連絡をしっかりとらせる。④体育委員会は、体育担当の教師が指導助言する。

 

運営について(体育委員会)

①単元の日程をきめる(練習日程、コートの割当)

②グループのつくり方をきめる(等質・異質)

③係の分担、仕事の内容をきめる(総務、準備、審判、記録係)

④組合わせをきめる(リーグ、トーナメント)

⑤採点法、表彰法をきめる(総合優勝のみ)

⑥ルール、出場規定などをきめる(11点先取制、全員出場など)

 

校内大会については全員参加をとくに強調したそうである。

 

ちなみに、大会は瀬畑さんの担当した学級が優勝し、その理由には、ホームルーム指導を通して行事の指導を十分におこなっていたこともあって、放課後の練習を熱心にやるようになったことがしめされている。

 

ちょっとここできづいたが、校内大会の開催時期があやふやである。12月に全学年の校内大会がはじめられたとあり、そこに1年生はバスケットボールと説明されている。7月末にもやったそうだ。じゃあ、奥村さんの1年生のバレーボール大会の実践記録はいつのものなのだろうか。。。瀬畑実践の末には奥村さんと校長の談話がのせられているけれど、しっかりと奥村さんは1年生のバレーボール大会についてコメントしている。

 

あ、校長がのべてた。

 

「私の学校では、1、2学期ともその学期末を利用して、放課後各学年別にバレーボール・・・等の対級マッチをおこなっている」と。つまり奥村さんの実践は12月ではなく、1学期末の実践だろう。瀬畑さんとは同時期ではなかったことがわかった。談話があるからてっきりはやとちりをしてしまったなぁ。

 

ちなみに校長は校内大会を自主的運営・活気がある・費用もいらないとかなりの教育効果があると感想をのべている。

 

また国語教師は「校内大会そのものは、スポーツを通しての精神の修養のりっぱな場であり、健康増進の場でもあり、美しい交友の場でもあるならば、今の中学校の生活の中からは排除することのできえないもの」「男子も女子も混合でやっている姿は、なんといっても美しいものだ。ふだんは交友できない人でもこの時だけは、全く手を取り合って協力できる」「自分たちで計画し、余暇をみつけだして練習に精進しているから技術的にすばらしいものもあった」「今後はもっと自主的な発展をしてほしい」とべたぼめしている。

 

また後半では子どもの感想もならべられているが、中には一番へたなゆえに試合にだしてもらう機会が一番すくなく、勝利をしても「私だけあまり出なかったので、みんなにすまないと思っています」という感想もある。これは先程も10間目の試合ででてきた問題を実際に体験した子どもの感想文である。自戒をこめて掲載しているのだとおもう。

 

なぜなら実践記録の最後に掲載されている同志会の川口さんと奥村さんによる瀬畑さんへの質問のなかでふたたびこのことがとりあげられているからだ。

 

質問「極東式と正課の中のローテーション」について、瀬畑さんは「なぜ背の低い者や下手な者はバックにならなければならないのか」という大きな問題は正課の中でそのままにしていいことではないと思う。「自分のきめられたポジションについて最大の努力と責任を果たすために」というようなことをいっても、均等に与えられるべき教育がほんのすこしの場面でも矛盾があってはならないと考える。そんな点で6人制ローテーションの方法は今後じゅうぶん研究され取り入れられるべきだと思っている」とこたえている。

 

次回またふれるが、瀬畑さんはこの実践をとおして運動文化の側(ルール)に問題をみいだしたのである。これは前回紹介した奥村さんの実践記録にもつうずる。

 

また他にも「オーバーハンドサーブからやったほうがいいのでは?」という質問に「技術の系統でやさしい技術からむずかしい技術へといった単純なものできめられるのではなくて、もっと生徒の心理的要求や身体的発達を分析してから技術の系統をきめたほうがもっと指導の合理化ができるかもしれない」とのべているし、「生徒が学校生活のあらゆる自由時にバレーボールの練習を始めるような指導を正課の中でおこなった場合には高度な技術をも身につけるようになる。そんな時に「いつも正課では基礎が大切だから」というようなことで指導していると生徒はすこしも興味を示さなくなる。それは次の進歩の期待や喜びが味わえなくなるからだろうと思う」とものべている。

  

●瀬畑実践をよんでおもったこと。

 

 瀬畑さんは学校体育の経験が放課後や日常生活の中でのスポーツ活動となるように、徹底的に子どもの自主的運営を重視し、グループの問題解決や集団的決定・自主的運営の実態をおおく記述をしている。そして子どもたちがバレーボールを自主的に運営していく上で協力的に参加しない子への対応や能力差が露骨にでるポジション選択・試合メンバー抽出の苦悩、審判の公正なジャッジをめぐるトラブルなどの問題を実践記録としてまとめているのだ。瀬畑さんの実践からは運動文化の組織領域の学習をめぐる課題が提示されているとかんがえられる。

 瀬畑さんの指導過程をみると体育の中では子どもたちが自己決定した既存のルールの中でいかに問題を解決し合理的な計画を遂行していくのかをねらっており、ルールの側の問題としてあらかじめ意識していたような印象はあまりうけない。

 

おそらくこの問題は中間項や運動文化論へと接続していくものであるが、この実践が1つの契機にもなっているのだろうか。もし川口さんや中村さんがこの瀬畑実践を観察していたとすると、実践の課題を共有しようとしたはずだ。

 

瀬畑さんをインタビューした川口さんにあったら今度きいてみよう。奥村さんをふくめこの問題がどうその後交流されていったのかを。。。いつになることやら・・・。  

 

あと最後に森さんのコメントを紹介。

 

 実践記録を読む限りでは系統的な技術指導といっても生徒の実態に即して個別技術の要点を明らかにしようとする程度であり、三段戦法につながるコンビネーションの重要性は理解していても、それを中核とする技術の教授学的な系統の研究・解明は今後に待たなければならなかった。しかしグループ学習と系統的な技術指導の統一という課題は、「既存の文化財を至高のものとはせず、子どもの立場、子どもの報告という観点から精査しようとする問題意識」を基底としていた(高津)。瀬畑の実践では、生徒の実態に即して三段戦法を中心とするバレーに迫ろうとするとともに、教材(文化財)としての9人制バレーの問題にも批判的な目がむけられていた。

 

お見事。