TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

残業代ゼロ法案から中谷さん本へ

うちにはテレビがない。

 

せめて新聞だけでもとらなければ井の中の蛙になってしまうとおもい、朝日新聞を講読している。

 

今日は労働政策審議会による「新しい働き方」=「高度プロフェッショナル制度」についての記事がある。

 

年収1075万円以上のホワイトカラー(白いワイシャツをきるオフィス労働者のことで、青い作業着をきる肉体労働者層ブルーカラーの対義語らしい)を対象にして、何時間労働しても残業代や深夜、休日手当が支給されなくなる制度らしい。

  

朝日新聞のオピニオン「争論」コーナーがあって賛成派と反対派の意見がのべられている。

 

まず確認しておくと、法定がさだめた労働時間は1日8時間の週40時間となっていて基本的には雇用者としては原則的に労働時間を超過してはいけない(例外あり)。

 

で、

 

賛成の理由は「残業した超過分にかかわる割増賃金に依存しない規制にかえるとともに成果におうじた賞与や昇進で対応していくことで、時間に拘束されない自由な労働形態がうまれ労働者の自立性をたかめていくことが必要」ということでした。

 

反対の理由は「法定労働時間の規制原則を適用除外にすることで、実質的に深夜労働のはどめがかからなくなる。労働災害過労死認定基準をこえても合法となる。残業の一番の要因は所定労働時間内ではおわらない過大な業務命令やノルマであり、新制度は日本の労働者の命と健康をおびやかす危険な者である」ということでした。

 

いちよう賛成派の方は「規制を強化した上で、規制にふさわしくない人は対象から除外する発想が必要」とものべています。

 

ん~~やはり中流階級労働環境やスタイルがわからないので、正直なんともいえない。印象としては、現在の日本に労働者の自立性をもとめる企業はどれくらいあるのだろうかとまずうたがってしまう。たとえ高度プロフェッショナル制度(ホワイトカラーエグゼンプション)が導入されても、残業はできてしまうのであれば以前とかわることはないのではないだろうか。よくよくかんがえると「賃金」とは労働者側にとっての問題ではないか。企業側を規制するものではない。「賃金」がもらえなくて困惑するのは労働者の方で、じゃあ労働者よ権利を主張せよといったって、昇給や降格を「におわす」ことはめにみえているわけで、日本の労働環境がその権利を保障するものになってないのではないか。

 

なんか小手先なにおいがする。やはりこの制度は結果的に企業側が残業代や割増賃金をはらわなくてすむようになるだけなんじゃないだろうか。じゃ、8時間たちましたのでかえります、といっても仕事はたまるようにあたえられているしその仕事をつみのこしてかえれるほどの風土はうまれていないだろう。

 

さて、運動文化論にふれてからすっかりと労働と余暇という論点がきになるようになってしまった。特にマルクスの必然の国が自由の国をへて真に自由の国に到達するという話が、里見さんの『働くことと学ぶこと』の中で論じられている労働の「学び」化というのか、そういう事態とあいつうずるところがあって、ますますきになってきてしまった。

 

丹下のいった「スポート性」とは労働の中にスポート性がうまれることを示唆してもいるようなきがするのである。

 

ということで、実は興味深い本を書店でみつけてよんでいる。

 

それは中谷さんの『オランダ流 ワーク・ライフ・バランス』(世界思想社)である。

 

これがまたおもしろい。

 

ワークとライフのバランスを、ということだが、こういうタイトルをみると私は浅野誠さんの沖縄生活の本をおもいだす。実はちょっとあこがれている。

 

中谷さんのフィールドワークによるとオランダは「パートタイム」がおおい。

 

どうもオランダは柔軟な労働を主軸としてパートタイム就労を促進し、労働者全体の約半数がパートタイム(週労働時間が35時間未満)で労働している国だそう。

 

パートタイムは必ずしも不正規ではない。正規の雇用条件でもすくない労働時間に設定(交渉)することができる。

 

たとえば、フルタイム契約でも、1日あたりの勤務時間を増加して出勤日を週4日以下に減少させたり、時短の形で育児休暇を取得したりする男性が増加しているのだという。

 

それは法律で保障されることで、2000年に施行された労働時間調整法により子育てや介護、あるいは自分の趣味についやす時間を保持したいなど、いかなる理由であれ、週あたりの労働時間の短縮を雇用主に申請する権利が労働者側に保障されているのだ。

 

雇用主は安全上の問題や経営がたいゆかなくなるなど何か特段の不利益がしょうじない限り、労働者からの申請を拒否することはできない。逆にパートタイムからフルタイムに復帰したり、パートタイムのなかで時間数を増減したりすることを希望した場合も同様である。

 

だから、フルタイム→出産→パートタイム→子どもの自立→フルタイムと労働者の希望によって契約を変更できるのだ。 

 

 

なんでこういう制度が推奨されるようになったかというと、現在オランダは男女が有償労働と無償労働(ケア労働)を平等にになう状況をめざして制度改革をすすめているのである。

 

といっても実際にはまだまだカップルの両方がパートタイム契約で労働していたケースは少数だという。一方で、夫婦がそれぞれ終末以外の週1日、家で子どもの世話をしていたというケースはめずらしくないそうだ。

 

こうした背景もあって、オランダは世界一子どもの幸福度がたかい。

ちなみに日本はワースト1位だそうだ。

 

子供の幸福度世界一、オランダの教育に学ぶ どうすればグローバル人材の育成ができるのか(23):JBpress(日本ビジネスプレス)

 

中谷さんのフィールドワークによると基本的には保育所に子どもをあずけるのは週3日でもおおいという声をうけたという。それほど家族や子育てを大事にする風習があるのであろう。

 

どうも育児中の母親がフルタイムで週5日労働するのは野心(昇進)をもっているとしてけむたがられるそうだ。ある意味日本とは異なる「いい母親像」ができあがっているわけである。

 

ところで 時間割が自由だとか学習進度におうじて留年できるんだとか、オランダの教育制度も興味ぶかいものとなっている。

 

http://matome.naver.jp/odai/2137569113536223401

宿題なし・時間割自由…世界一子どもが幸せな国の学校って?

 

学力世界一のフィンランド

 

幸福度一のオランダ

 

次はオランダブームがくるのかもしれない(笑)

 

ちょっと話はそれたが、オランダに居住する人々はライフステージの進行にあわせて労働をみなおし、その都度ベストとおもわれる選択をかさねているとともに、仕事・育児・趣味・ボランティアなど多様なタイプの活動を意識的におりこんだ生活をすごしているようだ。

 

詳細は中谷さんの著書をぜひよんでもらいたい。

 

で、ちょっとおもったことがある。

 

それはマルクスの必然の国と自由の国の話だ。

 

自分は「必然の国」が男性的なイメージにおいて優先されていなかったかと反省した。

 

「必然の国」と「自由の国」の関係をかんがえるときに男性的なイメージがあったのではないか。現実には男性と女性とでそのありようが異なるのである。

 

男性はワークのあり方がライフのあり方を規定する度合がおおきい構造になっている一方で、女性(得意に結婚・出産を経験した女性)にとっては、ライフのあり方がワークを左右する状況がいまだ一般的なのだ。

 

あらゆる人のためのワーク・ライフ・バランスを推進する、そのときどんなライフスタイルがうまれて、そこではどんなスポーツと労働(無償労働をふくむ)の関係がうまれるのか、より具体的にターゲットをしぼりながら実態を把握し理解をふかめていく必要がありそうだ。

 

オランダ人の余暇活動の中でスポーツはどうなっているんだろうか。。。