TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

2015年関東集会に参加して

学校体育研究同志会の創立60周年記念関東集会に参加してきました。

 

場所は吉祥寺でした。

 

ところで、吉祥寺にある井ノ頭公園がおもしろかったのです。白鳥の(?)ボート、大道芸人、芸人、なんだかよくわかんないけれど「浅田真央」という段ボール製の名札をぶらさげて発声練習をしている人、バイオリンをひいている人、石像になりきる人間アート(ドイツでもあるようです)、へんなおじさんなどなど、雑多な文化が共存した空間になっていました。しかも、人がおおい!公園にこんなに人があつまるなんて東京はすごいなぁ~と関心。

 

話はそれましたが、今回のメインは個人的にはシンポジウムでした。

 

テーマは「運動文化論の過去・現在・未来 ~学校と社会の中の学校体育の役割~」です。

 

午前中は体育同志会の関東の各支部(埼玉・千葉・山梨・神奈川・東京)の代表による支部状況と支部にささえられた実践の紹介がありました。

 

午後はシンポジウムです。

 

午前では各支部の中心となっている人や若手の方がでての報告です。リレーにたとえれば、支部研究のバドンをうけとる人たちですね。

 

支部のそれぞれの状況も興味深いものがありますが、支部に支えられた実践はおもしろいものがたくさんありました。運動会の集団演技(組体操)の実践、剣道の作法(礼・蹲踞そんきょ)にこめられた古武術的身体技法との関連と問いの系統性にもとづく剣道の技術指導の実践などなど、記憶にのこる実践でした。

 

さてさて、シンポジウムにかんしてはテーマと報告者の内容が微妙にからんでこない印象をうけました。これはうけての問題なのかもしれません。

 

 

「運動文化論をとらえなおす」という視点がほとんどなく,それは聴衆にゆだねられていった状況ではなかったのかなとおもいます。

 

 

①第一報告者の村上さんは「スポーツ文化の現在と運動文化論」というキーワードをもっていたようなのですが、その報告内容は、運動文化論をうんだ丹下保夫の仕事や学校体育研究同志会の研究過程,そしてスポーツが権利としてうけとめられていったことなどについて言及していました。

 

でも経過報告的で,じゃあ現在どのようにとらえられているのか,今後の方向性はみえているのか,といったことについては十分にかたられることはありませんでした(スポーツ権をめぐる時代的な流れがみえてきたのはとても参考になりました)。

 

②第二報告者の児玉さんは「小学校での学校づくりを中心に」ということで,これは予定どおりの内容で、久保さんを共同研究者としてむかえ3年間学校全体での体育実践研究を組織した実践の紹介がメインとなっていました。

 

③第三報告者の石井さんは「若者の学びについて、若い世代の体育への期待」というキーワードで、予定どおりの内容で、若手教師からみた体育同志会の組織的課題を報告することがメイン(それはそれで強烈なメッセージでした)となっていました。

 

こうして運動文化論をめぐる「過去・現在・未来」が充分にかたられなかったので、中にはこのシンポジウムの準備があまかったのではないかと疑問におもった方もいらっしゃるとおもいます。

 

とはいえ,60周年の企画として「運動文化論」をテーマにかかげての報告をせっかくききにきたので(これが目的で東京までいったので),「運動文化論」を視点にしてもう1回村上さんの報告をきこうとかんがえました。

 

すると,なるほどなという気づきをえました。

 

体育同志会の体育研究史はたしかに運動文化論を背景としたものだったんだという事実をみつけることができたのです。

 

すなわち,体育同志会では中村が「うまくするだけで良いのか」「うまくするだけなら教師は下手なチームの下手なコーチャーになるがそれで良いのか」「うまくする意味が早晩問われてくる」等の問題提起を1968年ごろにするのですけれど、これは運動文化の技術性にかんする学習だけを子どもたちに享受させるだけでほんとうに運動文化をゆたかな文化へとつくりかえていく子どもたちを育てることができるのかという問いかけであったのです。

 

なので、「うまくしてどうする」という問いかけに対する「うまくしないでどうする」という問いかえしは、その対峙的主張の内部に運動文化の技術性を学んだ子どもたちがどう運動文化の民主的変革の主体者になっていくのかをみとおしていく根拠があったのかどうかが問題になるのではないでしょうか。


ちなみにこれについてはひとつの回答を同志会は見出しているのかなとおもっています。これについては後半に言及してみます。

 

また、中村さんや草深さんや伊藤さんによってスポーツの構造的把握と学力の関係がとわれていったのも、子どもたちに運動文化の技術性だけではなく、組織性や社会性を学ばせるときに、どのような学習内容が想定できるのかを探求するものであったとかんがえられます。

 

その成果が1990年代には教科内容研究として進展し、例えば出原さんが以下の3つに教科内容があると仮説的にかつ挑戦的に提示していますけれど、これも教科内容として、運動文化の技術性だけではなく組織性や社会性を考慮にいれなければ運動文化の主体者形成につながらないのではないかという運動文化論の思想が背景にあるようにおもいます。

 

①スポーツ文化の発展論(スポーツ文化の発展史論、スポーツと社会、スポーツの社会的条件など)

②競争・勝敗(コンペティション)(スポーツ文化の特質Ⅰ)

③技能、技術、戦略、戦術(スポーツ文化の特質Ⅱ、技術学を軸にした自然科学的内容をふくむ)。

 

 

さらにグループ学習が戦後当初は手続き化・形骸化されて、批判されていくわけですけれども、それが再度復興して、「奪い取らせる指導」「据え膳的体育指導からの脱却」「習熟と認識の変革過程を学習の対象にする」という1990年頃に隆盛した実践課題のテーマも、背後には子どもたちによる「民主的な」運動文化の変革を意図したものでした。

 

こうして、体育同志会の実践研究史にはたしかに運動文化論を背後にもつ思想性が内在していたとみることができるのではないかとおもいました。

 

やっぱり、東京まで参加しにいってよかったなぁ~とこのときおもいました。

 

というのも、最近体育同志会で論議されていることも、運動文化論という目標をみすえたときに同じ位置にすえられるのではないかというかんがえをより一層つよくもつことができたからです。

 

ちょっとそのことについてすこしだけのべてみたいとおもいます。

 

 

先日おこなわれた冬大会でなんとなく風潮としてあったのが、「わかる」を媒介としたグループ学習による学習集団の形成派と生活と教育の結合派の2つが対立的にえがかれていくことです。

 

これも運動文化論を基盤とするとき、前者は教科内容研究を背景として、子どもたちに文化の本質にせまる技術性(組織性や社会性をふくむ技術性)を学習対象にすることで子どもたちのものの見方や考え方を結果的に改変していくプロセスをへるもので、後者は子どもの生活への要求を文化への要求として転化していく、すなわち運動文化に内在する平等観や能力・評価観を直接子どもたちに学習対象とするプロセスをへるものであることがみえてきます。

 

つまり、目標は運動文化論(今後も運動文化が人類の平和や人々の幸福に寄与する文化として社会にうけとめられていくようにつくりかえていく主人公をつくること)にあります。

 

両者はともに運動文化の技術性だけではなく組織性や社会性を学習内容に付与していくしていく必要があるとかんがえている点で一致しているとおもいます。違うのはそこにたどりつくプロセスなのです。

 

前者についてのべると、たとえば器械運動では単に「できる」ことを前提にしてその卓越性(技術)の習得を競うのではなく、器械運動に内在する身体表現という文化的価値を重視し、器械運動の技術を競争手段としてだけではなくその質を視野にいれ、身体表現をゆたかにするための技術としてとらえなおし、それを教材化していきます。この場合、器械運動では「できる」けれど「へた」なことがあります。できるの「質」が競争手段となるのであって、「できる」=「できる」・「できない」=「できない」ではなく、「できる」けれど「へた・できない」・「できない」けれど「うまい・できる」ことが評価されるのです。こうして器械運動文化がもとめる能力観や評価観を学習対象としながら対等な関係の中で協同的に学習していくことで自然と子どもたちが能力差をそのまま人格格差としてとらえず、他人を蹴落とすことを平気で正当化してしまう感覚にあたらしい価値観をうめこんでいく、発見させていくことができるのです。その結果は、運動文化にたいする見方やかんがえかたを変革することそのものでもあり、民主的変革の契機をはらんでいるのです。

 

運動文化の組織性や社会性をふくんだ技術性を学習させることで、その結果として子どもたちが選択する価値をより民主的なものにしていってほしい、そういう願いをもった実践理論なのです。

 

一方で、後者のものは、いやいや、やはり直接的に運動文化に内在する(能力・評価・平等)観自体を学習対象としながら子どもたちの観を交流させていき、子どもたちの願いや想いを(自覚的に)運動文化におりこんでいくことが必要なんだと主張していきます。

 

 

前者も後者もそれぞれが体育同志会の研究成果をふまえています(それだけではないですが・・・特に後者は北方性の教育運動が背景につよくあります)。だから、どちらも強固な主張となっているのです。ゆえに対立的にえがかれることがおおいようにみえます。

 

 

さて、ちょっと話はそれましたけれど、ようは今回の研究集会に参加して、あらためて運動文化論というものを基盤にして学校体育の目標―内容―方法―評価をかんがえていく必要がありそうだなという直感をえることができました、という報告になっています。

 

 

私たちが運動文化論を現代風にかたりなおす必要があるのです(加藤典洋敗戦後論』)。運動文化論は現代における学校教育と学校外での子どもたちの運動生活とのつながりを問うていく理論なのですから。

 

さて、研究会のあとは記念パーティーが開催されました。体育同志会を牽引してきた人々とともに60周年をともに祝福することができました。

 

そして石井さんと増田さんとそのまま2次会に突入。おそくまで議論することになりました。

 

子どもたちがうまくなることの先に、運動文化をよりよいものに変革していけるという願いをどれだけもつことができるのか、その願いを自覚したときに実践はどのような展望をしめすのか、あるいは運動文化の組織性や社会性を技術性の学習対象と関連させてどのようにトータルな運動文化の構造的把握にせまるのか、あらためてこれまでの実践研究にまなびつつ、かつそれぞれの実践者の願いを大事にしながら、実践研究をしていきたいとおもったのでした。

 

自分にとって、よい記念研究会になったとおもいます。

 

ということで、運動文化論についてちょくちょく勉強した内容を報告していけたらとおもいます。

 

ではでは、体育同志会60周年、誠におめでとうございます。

 

といっても、まだ戦後から70年なんだなぁ・・・・・。自分がいきている歴史的現在もあらためてかんがえさせられる、ものおもいにふけってしまう、そんな研究会でもありました。

 

最後に、上記のものはあくまで個人の感想です!全然検討ちがいな解釈がふくまれているかもしません。。。一部飛躍させた部分もあります。ご容赦ください。

 

研究会やパーティーの様子はいずれ『たのしい体育・スポーツ』に紹介されるとおもいますので、そちらを参考に!!