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TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

特別支援学校の実践からまなぶ、子どもの見方・教育のかんがえ方―民教連冬の学習会その2―

第60回宮城民教連冬の学習会初日です。

まずは特別支援学校の実践から、子どもの見方・考え方を学びたいとおもい、参加してみました。

 

報告者はKさんです。

Kさんには「私たちの実践」(チームでの実践でしかないんだとのこと)づくりの過程でどのような子どもたちとの対話がなされたのか、その苦労の連続と自身の成長についてかたってもらいました。

 

特別支援学校の実践では子ども観において大事にしたい言葉がぽんぽんとでてきます。今回もたくさんの大事にしたい言葉をきくことができました。

 

●子どもの声にならない声をきく

 Kさんは子どもの「問題」行動には理由があり、その想いや動機によりそうためにも「子どもの声なき声をきくこと」が大事だとはなしていました。ときに子どもに「なぜ」と問うことも必要なんだそうです。

 

<朝の声> 

Kさんの朝は子どもたちの気分を確認することからはじまります。今日の要求と明日の要求はちがうのです。なので介助員の人とのやりは必須です。体調はどうか、寝不足じゃないか風邪気味なのか、はたまた低気圧が接近してイライラしていないか(科学的に証明されているんだとか・・・)などとかんがえます。連絡帳をかいして朝の出来事もチェックします。他にも家族関係や薬の影響、障碍の特性などなど「問題」行動を決して本人のせいにしない教育をめざしてさまざまな理由をかんがえ、支援・指導の仮説をたてていくようです。

 

<教室での声> 

Kさんが担任したクラスの子どもたちはすぐに飛び出す危険性があり、集団の活動にのれず大暴れする子、家庭での虐待傾向があり、自傷・他傷が激しい子、不登校傾向で周3日短時間の登校の子、力で抑えられると力で抑えない教師に暴力的になる子などと不安定な子がたくさんいたそうです。

 

こうした状況下では指導者側の意図を優先していては授業がなりたたないとかんじ、Kさんはゆったりとかまえ、徐々に教室(学校)空間にはいってきてくれるのをまつスタイルにしたそうです。もちろん子どもの気持ちがきりかわってこちらにむくチャンスがきたときはすかさず近づいてなるべく自然に学校生活に参加させていくそうです。子どもの意志(声)を尊重するのです。

 

今回の報告全体をとおしてKさんは子どもとのやりとりの中で「子どもの声をきく方法」をみにつけていったんだなということが印象にのこりました。教科教育においても教材研究がゆたかにされている程、教材をかいして顕在化した子どもの要求をよみとることができるようになるようにおもいます。運動場面でもこの子の発言は他者と比較して勝敗をきにしているな・・・、この子の発言はできない子とも一緒になって1つの演技をつくろうとしているな・・・などなど、ベテラン教師といわれるゆえんは「子どもの声をきく」経験的知識のたしかさをさしているのだといってもいいのかもしれませんね。

 

●子どもとの対話的関係や信頼関係をきずく。

Kさんは子どもたちに自分のすべてをつかって「ここは嫌なところではない」とかんじられる教室空間をつくることを大事にしています。笑顔やまなざし、言葉の響きや動作などを駆使して「世界は生きるに値する」んだという実感をつみかさねていきたいのです。

 

またクラスの子どもには平等にせっし、みんなの要求にできるかぎりこたえようとします。もしその場でこたえられないことがあっても「あとでね」と約束をし、その約束を必ずはたすようつとめています。「人は信頼するに足る存在であるという実感の積み重ねを」していきたいのです。Kさんは子どもの集団づくりで「この子を大事にすることはあなたを大事にすることでもあるんだ」(あなたがつらいときあなたを支えようとする)というメッセージが子どもたちにつたわるようにするそうです。1人をきることはみんなをきることだという考えを胸に秘めているのです。

 

Kさんは子どもたちとの関係をきずくときに、子どもが新しいことができるようになることの喜びや感動をとらえなおしをせまられたそうです。人間が「できる」ようになることは新たな世界をひろげたことでありその連続が生きることにつながる。子どもができたことを本気で一緒に感動することができるように考え方をかえていったのでした。

 

 この子ども観や教育観はKさんがどんな教育をしていきたいのか、どんな世界を子どもたちとつくろうとしているのかが明確にしめされていて、すごいなぁとおもいます。子どもの声をきくといっても、やはりめざす方向がなければ意図的なはたらきかけや情報収集はできないでしょう。自分がどうしたいのかをはっきりともっているために子どもとの関係も具体的なものとなっていくのです。Kさんの人にたいして丁寧にせっする、基本的なかんがえにまなびたいとおもいます。

 

●人(教師)が媒介となって成長する子どもに

子どもが友達に暴力をふるったときには、Kさんがその子どもの声ににせて「『〇〇をしてはいけないんだ!やめてください!』っていいたかったんだよね」と子どもたちの気持ちを代弁(言語化)し、言葉で伝達することを要求していくそうです。子どもの言語化できない状況をつかみ代弁することで暴力をおさめる言葉をつかんでほしいのです。

 

また子どもが泣き叫んでいるときやイライラしているときには、決して一人で崩れさせない、一人で立ち直らせないようにし「人を支えに立ち直れる子」になってもらいたいとおもっているのです。

 

なるほどなぁとおもいます。私たちはときに子どもの行動にたいする文脈的理解を欠いてしまい、一方的に「問題」行動としてきめつけてしまうことがあります。この問題はそれだけではなくて、「問題」行動をその子どもの問題だけに帰責させてしまい、子ども同士の距離や子どもと教師との距離をひろげてしまうことになりかねないのです。子どもが「人を支えに立ち直れる子」になってほしいという願いを目の前の子どもの発達段階にあわせて、そのときどきに必要な支えをかんがえていきたいですね。

 

さて、Kさんからはたくさんの言葉をいただいた。どれも何かがつながっているようにかんじられる大事な言葉です。教育実践だけではなく人間として大事なこともふくまれています。やはり特別支援学校の実践から学ぶことはおおいですね。最後に、Kさんがレジュメにのこした言葉から気になったものだけ抜粋させていただきます。

 

●Kさんの支えになった言葉シリーズ

・「指導とはその気にさせること」(城丸章夫)⇒どの子にも「その気になる」ちから(発達要求)がある。

 

・「言葉が届き合う関係」(福田敦志)=子どもに聞いてもらえる言葉をもつためには、まず子どもの言いたいことを聞くことが大前提。

 どんな正論での要求も、子どもの要求や願いに合っていなければ、それは「強い指導」ではないか。

 

・「強い指導は、子どもを主体だとは思っていない。子どもを生活の主体にもしないで、子どもが変わることはありえない。これは引き下がることはできない」(竹内常一

 

・1年生の担任をまかされ困惑したときに「子どもがみえるね」とあたたかい言葉をかけてもらい、きをとりなおした。

 

教育基本法第1条(教育の目的)

 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた身心ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

  わかること、できることがその子の人格形成と結びついているか

  わかること、できることが本人の喜び、自信につながっているか、その子を自由にしているか

   =「行動形成に先立つ人格形成の大事さ」

 

・「人間の人格は矛盾の炎のなかでつくられていく。その炎を、人間をつくていく炎として育てていく必要がある。…その炎を自分なりにしっかり、どのように燃焼させるか」(田中昌人)=もやもやしたり悩んでいるとき、、、今、矛盾の炎をもやしているんだ!とかんがえる。

 

・「暴力的にしか表出できない子どもに対して、子どもの立場に立って非暴力的に支援・指導しようとする丁寧で、ねばり強い、地道な私たちの毎日。プロセスがゴール」(湯浅恭正)。=教室での実践の一つひとつが非暴力・反暴力の社会へと変革することとダイレクトに結びついている。暴力が支配するこの世界への、暴力的な考えをもっているこの私への挑戦。

 

・「民主主義」と「面倒くさくて、うんざりして、そのうえ疲れる」は切っても切れない2つのこと(湯浅誠)。放棄すると支配-服従関係が顔をだすのでは。教室や指導に過剰に適用しようとするのも危険。楽をしていたときこそ民主主義をうたがおう。

 

・「ねばならない」はない、もしくは極めて少ない(子安潤)

 

・「指導はどこまでいっても対話」(鈴木和夫

 

・「これが俺の仕事だ」(映画SP)

 

Kさん、ありがとうございました。民主主義の話や人格形成が指導の先にたつことの話は最近かんがえていたことともかさなって、とても興味ぶかかったです。このことはまたいづれ。