TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

宮城の教師たちの雰囲気から―民教連冬の学習会その1―

2015年1月5日から6日にかけて宮城民間教育研究連絡協議会冬の学習会が開催されました。

 
声のかけあいや議論の仕方が興味ぶかかったので、今回はそのはなしをします。
 
というのも、話し手と聞き手が応答関係にあるのです。印象では4、50歳代の方がおおかったかな。
 
まず、開会式で会の人が登壇しようとするとき、どういうわけか、
 
「よしっ」
 
と数名から声がかります。
 
さらに、話し手が何かを主張するとき、つよく納得する場合はまた「よしっ」とか「そうだ」とか声をかけるのです。
 
もちろんへんなことをいうと「えーー!」と反対の声をあげます。
 
他にもかんじたのが、議論のスピードがはやいのです。
 
どんどん自分が思ったことや考えたことを発言するし、うなずきもおおきいし、一呼吸もおかずにまた次の人がはなしはじめます。
 
アメリカはこんなかんじなんだろうか。なんて、なれない自分はおもってみたり。
 
なので、発言のタイミングをはかろうとすると機会を逃してしまいます。
 
でもだんだんなれてくると、なんだか心地よくなるのです。からだとからだでぶつかるような、そんな議論の仕方ですね。
 
 
宮城の人と話をすると、自分の話す意見が本当に自分の心から発せられたものかどうかが問われているような気がします。口先だけではみとめてくれません、「俺たちはあなたと本音でしゃべりたいんだ」、節々にそういったメッセージをうけとるのです。考えすぎでしょうか。
 
なんで宮城の人たちはこんなにライブな関係なんだろうなぁと思いながら夜の交流会へ。
 
 
そこで、宮城の人がいいます。
 
自分たちは子どもを大事にするというかんがえを何より重視してきた、と。
 
体育実践でも宮城の実践にはドラマがあります。北方性の教育運動を土台として子どもの生活と教育の結合を実践の柱としてきたのです。
 
この歴史はいづれとりあげていきたいとおもう。
 
考えすぎかもしれないですけれど、私はこれまでのべてきた宮城の方々のふるまいが、互いを尊重しつつ本音で対等に人間同士として語り合おうとする、北方性の教育運動でつちかってきたものなのではないかとおもっています。
 
今回はそんな宮城の方々に子どもの生活を教育の場面でどのようにひきとるのか、かんがえてみたいとおもっていました。
 
さて、明日からは、簡単だけれど報告内容をメモとしてのこしておきたいとおもいます。