TAMAKOSIの日記

体育・スポーツや教育にかんしてかんがえたことを中心につづっていきます。研究会の情報も案内していきたいとおもいます。

遠泳について③

今日は

 

 

和大の遠泳を観察学習しにいった。

 

上級生が下級生を指導し、プログラムも遠泳係が作成することになっている。

 

ほぼすべてにわたって自治的な学習が組織されている。

 

どうも、授業科目として上級生が下級生を指導することが設定されていたようだ。

 

なるほど。

 

それだったら、みな学習として自治を実践しますね。

 

 

また、遠泳をみてまずおもったのは、泳力がたかいこと。

 

ながく、ゆったり泳ぐ泳法で余裕をかんじられた。

 

その背後にはしっかりとした練習があった。

 

おどろいたのは、水泳が必修であることにくわえ、

 

遠泳の1か月前から毎日5時間目に泳法の練習をするそうだ。

 

泳力の高さを納得した。

 

だから、遠泳を無事達成することだけでは、かれらの学びにとっては十分ではないだろうなとおもう。

 

海の知識やバディシステムなどをより深く理解し、実行することまで高度な要求をしていってもよいのではないか、とかんじた。

 

ちなみに、前日は、たってこぐボード、カヌー、スキューバダイビング等のマリンスポーツを経験されているよう。

 

だから、きっと満足度はたかい授業だとおもう。

 

また、参加者自治の準備・運営のため、サイズがあわず、道具が一部使用できなかったり、おしるこの小豆をかいわすれたりとプチトラブルが発生していた。

 

でも、それが学びになるところが、自治のよさ。

 

さて、実際にドル平的な泳法を本格的にみたのははじめてであった。

 

同僚の話では、足の甲でけるのは、もしからだが縦になったときにういていられないというデメリットがあるため、ドル平は海にはてきさないとのべていた。

 

なるほど。

 

ただし、初心者泳法として、らくにながくおよぎ、遠泳を達成する意味では、てきしているだろうなとみていておもった。

 

また、ドル平だと海の中にもぐることになるので、安全管理上、問題があるとのべてもいた。

 

これについては、和大の方法は、3人のバディが、1、2、3でもぐり、トーンと1回水中でのびる。これをサイクル化して、同様の行動をとることで、互いの状態を把握していた。それに、のびながらも横目で相手の位置を確認していた。

 

それでも、波が高い場合は、やはりてきさないのだろうか、疑問におもった。

 

また、もぐらないで顔をあげつづける平泳ぎであれば、疲れやすく、背浮きをして休憩をする必要があった。でも、ドル平だと、背浮きをする必要はなさそうであった。やはりのびている間にからだをリラックスさせるし、無理のない体勢をとれるからであろう。

 

そうかんがえると、遠泳の安全管理も、なかなか複雑である。

 

ある方法を採用すると、ある問題が発生するから、それを解消する方法をかんがえる。それらがあわさって総体としてどれだけ安全かどうかが問われるのだろう。

 

他にも上級生の浮き具をもってサポートする様子など、多くのことが参考になった。

 

同僚にはなしをするのがたのしみである。

 

担当の方々、実習生の方々、ありがとうございました。

無事に完泳できてよかった。

広告を非表示にする

体育授業を考えるシンポジウム実践!?の巻

ちょっとおもしろかった取り組みを紹介。

 

 

中・高の体育教員養成課程の演習科目の授業で学生たちにシンポジウムをしてもらった。

 

なづけて、

 

すぐれた保健体育教師の大討論会

 

テーマは、

 

バレーボールの授業づくりで大切にすることは何か。

     4人のすぐれた実践家に学んで

 

である。

 

すぐれた保健体育教師とあるが、実際にその人たちをよぶわけではない。登壇するのは、学生である。

 

4回の授業にわたって、すぐれた保健体育教師のバレーボールの指導系統を追体験し、その上で、上記のテーマについて、4人の指導系統の共通点と相違点をみちびきだしながら議論していく。

 

4人とは、

 

1、長野の小山さん

2、兵庫の殿垣さん

3、熊本の佐藤さん

4、宮城の矢部さん

 

である。

 

スパイクを中心とした指導系統が佐藤さんと殿垣さんで、佐藤さんは特に戦術的な攻防を徹底的に学習の対象にした指導系統である。教材を改変している点も参考になる。

 

そして、ラリーを中心とした指導系統が小山さんと矢部さんである。2人を比較しておもしろいのが、3年目のカリキュラムの相違である。小山さんは自分たちでバレーボールの練習・大会を運営する。矢部さんは自分たちのバレーボールをつくる。ここには出口像の違いがある。これはシンポジウム後に少し解説をする。

 

もちろん、この違いがみえるように司会役に事前指導している。

 

議論を重ねる中で、指導系統の力点はスパイクかラリーかと、わけられるが、指導内容としてはどちらも「意図的なスパイクを含むラリー」を追求していることがみえてくる(ように司会役に事前指導している)。

 

4人の指導系統を学ぶ際、欠席回数が多い人順に講師役をつとめてもらった。

 

1人の指導系統に約3人の人を講師役にした。

 

実践記録をわたし、よんできてもらい、90分の授業の流れを事前につくり、それをチェックし、実践する。

 

そして、シンポジウムでは、講師役の中から1人代表者をだして登壇する。

 

もちらん、シンポジストとフロアの人にはディスカッションが成立するように事前に考えをまとめるワークシートをわたし宿題にしておく。

 

当日は、

 

司会役:今日のシンポジウムのテーマは〜〜〜です。シンポジストの紹介

 

小山役の学生:長野の小山です。

殿垣役の学生:兵庫の殿垣です。

・・・

 

といって、まさに本人になりきって登壇してもらった。

 

本人になりきるから、資料をよみこんで、かかれていないニュアンスもくみとってフロアからの質問にこたえられるようにしてね、と無茶振りをしておいた(笑)

 

司会役も進行を工夫してくれ、うまい子からみてラリー中心の指導系統ではスパイクがあまりなくてつまらないのでは、へたな子からみて、スパイク中心の指導系統では課題が高く、困難さがあるのではないか、と疑問をなげかけたあと、

 

司会役:以上のようにバレーボールの指導では克服すべき点がありますが、それぞれのシンポジストはどのような問題のある授業をのりこえるために、どのような指導系統を考えて実践しているのかを紹介してください。

 

とつづき、

 

小山役の学生:私は・・・・。

殿垣役の学生:私は・・・・。

・・・

 

とそれぞれがこたえる。

 

その後、司会からの質問やシンポジスト同士の議論がおこなわれた。

これがおもしろかった。

 

講師役を経験し、自分が指導系統を指導していることもあって、よく理解した上で、他の講師役に質問や問題提起をなげかけている。

 

そして最後にフロアもまじえて、自由な質疑応答とテーマにそった議論をする。

 

あ、今おもったら、グループワークなどをさせてもよかったかもなぁ。

 

本物にあいたいなら夏大会に参加を、と次の授業で声かけないとなぁ。

 

学生たちものりきで、おもしろかったので、

 

来年もこのとりくみをパワーアップさせて、やってみたい。

 

遠泳実習②

 

遠泳実習で重要だなとおもったのは前回しめした学習内容の2つめ。

 

バディシステムだとおもう。

 

なかよくやれとか、お互いにはげましあえとか、そういうことが道徳的にならない。

 

海ではバディの相互援助が不可欠となるから、おしつけにはならない。

 

嘉納治五郎が遠泳をやりはじめたそうだけれど、それは遠泳の過酷さを克服するというよりも、そのプロセスでもとめられるバディシステムの教育効果について着目したのではないかと推測する。

 

自他共栄の精神みたいな。

 

大事なことは自然がおしえてくれる、みたいな話はよくあったけれど、そこにはやはり原理があった。

 

それと、今回、アルバイトの方と遠泳実践者の総勢約100名で実施した。

 

そこで、アルバイトの方になるべく協力してもらって、自治的な活動がおこなえるようにしたいとおもった。

 

しかし、自治的な活動をするためには、あらかじめこちらが全行動を把握している必要があると痛感した。

 

こちらが何をどういうシステムで運営していくのかを熟知していなければ、結局のところ「どうすればよい?」とたずね、主体性が従属的になってしまう。

 

学校行事でも自治を、とおもってきたけれど、それができるためにはこちらがすべての行程を把握していなければならない。

 

また、自治を成立させるためには、〜する、だけではなく、〜をしたかどうかチェックするといった活動も視野にいれておかなければ、全体で達成することは困難となる。

 

自治を育成するための指導は、準備がすべてであり、教師の覚悟が一定程度必要なのだなとおおいに学んだ。

 

和大のすべてを自治的におこなう遠泳実習は本当にすごい。一度その行程をみてみたいなぁ。

広告を非表示にする

遠泳実習にて①

遠泳実習、無事終了。

 

直前になって行動表を作成せねばならず、大変だった。。。

 

おおあわてで準備でき、無事成功。

 

今回わかったこと。

 

遠泳は3つの学習内容をもつ。

 

1つは海を理解し、状況を把握して対処すること。

 

潮の流れ、みちひき、ひいたときの危険な岩肌への対処方法等々。

 

2つは、バディシステムの重要性を理解し、実践すること。

 

生存確認や状況把握のためにはバディの存在が不可欠。

 

バディを救助する方法や支援しあう方法を理解する。

 

3つは、立ち泳ぎ、うきを中心とする長距離泳法の獲得。

 

この3つがメインの学習内容になってくる。

 

特に2番目は、その他を土台としながらも、生きるために協同的関係を構築する。

 

集団が生きてもどってくることを1つの共通目標としていることで、集団的な達成感も非常におおきいものがある。

 

しりあいに話をきいたら、和大は学生がすべて自主的にプランをたてて実践するそうだ。

 

これは出原さんの影響だろうか。

 

行事では自治的行動能力を徹底して学ばせるのだから、おそらくそうだろう。

広告を非表示にする

教師の願い

いつだって、そうだと思う。

 

教師は、

 

  この世界で、

    子どもたち(人間)が、

        幸せに生きていける。

 

そのことをみな、ねがっているんだ。

 

この目標をみうしなって、実践を議論してしまってはいけないのではないか。

 

指導要領の「内容」にしばられてはいけない。

 

指導要領の背後にある、共通普遍の「願い」から私たちは出発したほうがよい。

 

すると、指導要領はヒントをしめしてくれる土台にみえてくるだろう。

 

問われるのは、「この世界で」という現実認識であり、その上で、「幸せに生きていく」ための目標設定をどのように同定していくのか、そしてそれを、各教科・教科外でどう実現していくのか、を考えていくことであろう。

 

体育の授業で、子どもたちがこの世界で幸せに生きていくために、どんな教材を与え、どんな学習過程でもって、どんな力をつけていくのか。

 

この本質を問う主体をふやしていくことが、自分のはたすべきことなのかも。

 

 

大阪ツアー、繁昌亭からの串カツ。たれつけすぎて怒られました。

f:id:think-for-themselves:20170627235045j:plain

広告を非表示にする

仕事と生活と自分と

 

労働しはじめて3ヶ月がたつ。

 

今までは修行期間で、自分の生き方と労働が結びついていた。

 

でも、実際に労働してみて、労働と自分の生き方は区別することで、労働に身がはいる場面もあるんだなと感じた。

 

やりたいことと労働が結びつかない、といいきることはできなくて、延長線上につながりを把握しているんだけれど、やっぱりどこかでわりきった方が身がはいるものがある、という感じがする。

 

労働は論理であるけれど、自分の生き方は感性、というと短絡的だが。

 

そんな感じ。

 

これは労働だ、とわりきる場面と、今日は自分らしく過ごしてみようという場面と、今日は部屋片付けなきゃという生活(ケア労働)場面の区別。

 

これをしてみると、人生豊かになるかもしれない。

 

あんまり1日を自由にすごしてこなかったから、あたらしい発見もあるかも。

 

と、朝おきておもった。

広告を非表示にする

運動会は体育的行事か?

最近、体育的行事について考える機会をもらえた。

 

それで、「運動会は体育的行事か?」とちょっと悩んだ。

 

音楽科の発展の場としての校歌斉唱、運動会ソングづくりが想定されるし、図画工作の発展の場としての装飾づくりなども想定される。

 

「体育」的行事とされるゆえんはどこにあるのだろうか、と。

 

このとき、かんがえないといけないことがもう1つある。

 

それは、体育的行事は特別活動の1つなのだから、生活指導を中心として学習者に自治的行動能力を形成していくことをめざすことが第一義的である、ということ(ではないか)。

 

体育的行事は、運動文化の計画ー実践ー総括を教材として、運動文化領域における自治的行動能力や組織・運営能力の形成をめざすものとも位置づけられ、これは教科としての体育の発展の場とするかんがえかた。

 

後者が強調されると、「体育」的行事はしっくりくる。

 

 

まず第1に特別活動のねらいがあり、第2にそこに合致する教科の発展的学習論がある、とかんがえてよいだろう。

 

でもやっぱり、特別活動の1つである、ということが冒頭で述べた他教科の発展の場となっている土壌をつくりあげているようにもおもう。

 

なので、

 

①他教科の発展の場にもなりうる程の総合性もふくめて、運動会は教材としての「運動文化実践」と考慮した方がよいのだろうか。

 

それとも、

 

②特別活動の1つだから、分野は体育よりで、名称も「体育」的行事としているけれど、それは必ずしも体育の発展のみを意味するわけではない、という理解の方がよいのだろうか。

 

どっちでもいいのかなぁ。

 

いろんな人にきいてみよう。

 

校内にいたクワガタ。

f:id:think-for-themselves:20170613210719j:plain